ストーンヘンジの全景。手前に土塁の盛り上がり、倒れているステイション・ストーンがある。 | ||
ストーンヘンジは太陽信仰を中心とした祭祀の場であったといわれ、また建造物の中心軸が夏至の太陽が地平線から出る方向を正確に指している。 工事は非常に長い期間にわたり、先史時代の人たちによって積み重ねられた。 第1期:まわりを囲んでいる土塁の地ができたのは前3100年頃(新石器時代) 第2期:重さ数十トンもの石が多数運び込まれて巨石建造物ができたのは前2000年頃(青銅器初期の時代) 第3期:色々な手直しや参道が延長された最後の工事が前1100年頃(青銅器時代の末期) 第1期の建造物が500年間ほど使われたあと、放棄され続く500年間草木が生い茂るままになっていた。 第2期になると、新たな建設が始まり、生い茂った草木は取り払われ、敷地の内外は整備されブルー・ストーンが建てられた。第3期のサーセン石に比べると小振りで割れやすいため、後世にだいぶ叩き割られ運び去られた。また、参道の内側にヒール・ストーンが立てられた。 第3期の建造物は写真の石群(ヒール・ストーンを除く)で、ブルーストーンよりもはるかに巨大なサーセン石が80個近く運び込まれ、加工され組み上げられた。サーセン石は後世の人間でも手に負えないほど巨大であり、非常に硬くて割れにくいのが幸いし、4000年の長い年月の割にはよく保存された。 |
真中に小ぶりのブルー・ストーン。左右に3石塔の一つだったサーセン石がある。側面が加工され、 てっぺんにほぞがる。 先史時代のほぞとほぞ穴は巨石遺跡ではめずらしいとされる。 上に乗せられている石はマグサ石。 |
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ステイション・ストーン : どんな役割か不明。形が街道筋で駅馬車が止まる場所を示す標柱に似ているところからこの名がついた。 ブルー・ストーン : 5種類に分かれるが、いずれも青っぽい色をしている。5トン前後で80個以上。中心部に2重の円環をなすが、設計がよく変更され7割の工事で中止となった。 サーセン石 : 非常に硬い。同じサーセン石をぶつけることによって、少しずつ巨石を打ち欠いていった。サーセン石を組み上げ、ブルー・ストーンを移動させた。上に乗せられているマグサ石は7トン、立石は25トンから50トンもある。 |
ヒール・ストーン(かかと)を角度を変えて見たもの。当初は左右に2個あったが向かって左側のものは後世に運び去られた。 当初は直立していたが、今では30°ほど傾いている。 遺跡の中心から見た場合、ヒール・ストーンは夏至の太陽が出る方向を示している。 ヒール・ストーンは加工されておらず、自然石のままなので、第3期の巨石群とは違う。(第2期) |
これらの写真は入場入り口のものであるが、景観を損ねないように、低い位置に隠れるように設けられている。 |
ストーンヘンジ全体は、国道A303号線から遠望できるところにあるが、枝分かれしたA344の真近柵越にあり、わざわざ入場料支払わなくても道路際からよく見える。 ただ入場料6.9ポンド(約1000円)を支払うと日本語による携帯型フォーン・ガイドを貸してくれる。 遺跡区域には見学路が設けられていて、そこを歩くことになる。 全体を円環状に囲んでいる内外二重の土塁とその間に溝の(前3100年頃に造られた)遺構がある。今は外側の土塁は半ば消滅し、 内側の土塁だけ存在が分かる。 土塁は円形で、外側の土塁が約116m、内側の土塁が約98m。高さは外側の土塁が1m弱、内側の土塁が約2m前後だったと推定される。 この地方は、草が生えている表土はごく浅く、その下はぜんぶ真っ白な白亜層である。土塁を積み上げる作業は、ツルハシの代わりに鹿の枝角で、 シャベルの代わりに牛の肩骨を使い、獣皮の袋などに入れて運んだらしい。 |
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約4500年前につくられ、今も謎に包まれた英南西部ソールズベリーの環状巨石群「ストーンヘンジ」の近くの地中に、より大規模な巨石の遺跡が眠って いるとのことを、考古学者らのグループが突き止めた。 英BBCなどによると、新たに巨石群が確認されたのは、ストーンヘッジから北東約3kmにあるダーリントンウォール遺構南側の地中。直径500mの円系 の土手の形で、巨石の発見まえから「ストーンヘンジ」と呼ばれてきた。 この遺構の地下約1mに、大きいもので高さ4.5m、幅1.5mある石柱が最大30個、崩れたものも含めると約90個が、弧を描くように一列に並んで いるという。 地面を掘り返さず、レーダーを使った地中探査技術で確認された。 石柱はストーンヘンジが造られたのと同じ新石器時代に、儀式のために造られたとみられている。 2015-9-9 朝日新聞より |
ストーンヘンジ〖Stonehenge〗 イギリスのソールズベリ近郊にある環状列石。 直径約 110メートルの溝の内側に,巨石柱が四重の環状に並ぶ。 紀元前二千年頃の太陽崇拝関係の遺構と推定される。 大辞林 第三版 |