光縁寺地図

新撰組之墓所
  新撰組で非業の死を遂げた隊士が多い。
それも戦闘において死ぬより隊内の粛清でもって暗殺や斬殺刑にされたり、また、
切腹させられたほうがはるかに多いのである。
 一にも二にも切腹という、厳というより恐怖に「局中法度」門限に遅れたのが脱走
の罪となったというように、些細な隊士の落度も許さず処刑を執行したという。
 光縁寺には、脱走罪に問われて切腹させられた副長山南敬介他二名の墓と、
松原忠司他12名の墓がある。
 山南家の家紋と寺の瓦紋が同じだったことから、山南敬助と当時の住職の親交が深
まったといわれる浄土真宗の寺。
 墓地には山南敬助、松原忠司ら新選組隊士が眠っている。沖田氏縁者と刻まれた墓石は、
光縁寺過去帳にも記載されている沖田総司の恋人の墓。
   















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