手向山八幡宮(たむけやまはちまんぐう)地図

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 祭神 応神天皇 姫大神 仲哀天皇 神功皇后 仁徳天皇
 祭礼 転害会(てんがいえ)、お田植え祭
 奈良時代聖武天皇が大仏造営をされたとき、これに協力のため天平勝寶元年(749)に、
豊前国(大分県)の宇佐神宮から八幡宮を迎え、大仏殿の近く鏡池(八幡池)の東側に鎮座し、
東大寺建立の守護の神としてお祀りされたのに始まる。
 鎌倉時代の建長2年(1250)に北条時頼によって現在地に遷座した。

東大寺二月堂や法華堂の近くにある手向山八幡宮は元東大寺八幡宮などとも呼

ばれ、寺と一体の存在だった。明治の神仏分離で両者は切り離された。ご神体だった

快慶作の国宝·僧形八幡神坐像は寺に移されたが、今も転害会と同じ日に特別公開される。


謡曲「大仏供養」  東大寺転害門 神輿悲願の新潮 
お田植え祭(おんだ祭)
 2月3日に行われる。
 能楽の原型とも言われる。節分の恒例行事となっている。
 拝殿を田んぼに見立て、翁の面をつけた神職がくわで耕し、もみをまき、稲を刈るまで、
米作作りを演じる。
 厳かに言上されるせりふに続いて、手綱を引かれた牛役の子供が「モーモー」と声をあげる。
 最後に福豆がまかれる。
百人一首に
  このたびは 
    幣(ぬさ)もとりあえず手向山
      紅葉の錦神のまにまに
という菅原臣道真公が詠まれるほど、もみじの名所と知られる。
 百人一首24⇒⇒⇒
菅公腰掛石

 奈良の手向山神社境内、若宮の拝殿わきに菅公腰掛石というのがある。かの「このたびは」
という歌をよ
むとき、菅公が腰をかけた所だという。

万葉歌碑
 秋萩の散りのまがひに呼び立てて
  鳴くなる鹿の声の遥けさ
 湯原王 巻8 1550
 村上三島 書