長尾神社地図

拝殿
古代大和15郡の中の葛下郡の総社であり、
伊勢神宮と同じ天照大神豊受大神が祭神。
昭和11年の新築で瓦葺、単層入母屋破風掛造、
拝殿の正面に入母屋造の祝詞屋があり渡廊下
で拝殿とつながっており、明治17年の再建。
竹之内街道  追加 竹之内街道 
 日本遺産    
本殿 拝殿
 本殿は二社並立しており
向拝が付された素木の春日造を基本にした
紫宸殿造で、
軒は二重繁垂木、檜皮葺の屋根には
千木堅魚木が配されている。
絵馬殿
10月4日、例大祭の夜、初夜宮詣があり、
氏子が参られる。
中でもこの1年間に誕生した赤ちゃんが氏子になった印
として絵馬を奉納することになっている。
     
 長尾神社は飛鳥京と難波を結ぶ日本最古の官道であった竹之内街道と、
伊勢・長谷街道が吉野・壺坂から下田・王寺を経て堺に至る長尾街道とが
交差する交通の要衝をふまえた長尾の森の広大な~域に鎮座している。
  
竹内海道と横大路の起点地の上、長尾街道や下市街道「などの主要な街道
も交差する要衝地にある。  
 伝説では、長尾神社は東面し、大和高田市の竜王社は西面しており、両社は
相対している。
竜王社はの頭であり、長尾神社は大蛇、つまりさんの尾である。また、
三輪明神は、
巳さんの頭であるとも伝えられている。 
 巨大な白蛇の姿をした神様の頭の位置を、最古の神社の一つとされる大神神社
とし、尾っぽの場所を長尾神社にしたという。 

 神武天皇ご東征に際し、吉野郡川上村井光方面にご巡幸遊ばされた時、
井戸の中から現れたとされている
水光姫命が、応神天皇の御代に当麻町
竹内の三角磐に降臨され、子孫の加弥比加尼(かみひかね)に命じて長尾
に記らされ
たものでお姿は白蛇であって、今、神社の東北に藤を以って覆わ
れている御陰井に封じたと伝え、神様のお
が長尾の地名のいわれであり、
上り藤の神紋を用いている理由でもある。