第118代 後桃園天皇(ごももぞの)地図

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桃園天皇(第一皇子)
恭礼門院藤原富子(一条兼吉の娘)
誕生 …1758年(宝暦8年)7.
御名・異称 英仁(ヒデヒト)・若宮
女院 近衛維子(皇太后)
立太子 …1768年(明和5年)2.19
即位 …1770年(明和7年)11.24
在位年数 9年
崩御 …1779年(安永8年)10.29(年齢22才)
皇居 平安宮
年号 目輪、安永
13才の時、後桜町天皇から譲位された。
摂政の近衛内前の娘を入内させ女御とし、欣子内親王(のちの光格天皇の皇后)が生まれている。
治世下、肥前唐津藩の農民や漁民の新税反対一揆である虹の松原一揆や、飛騨幕府領の農民らが代官の石代定値段、新設賦課に抵抗して大原騒動を引き起こすなど、各地で騒動が頻発した。また、幕府により朝廷官人らの汚職が摘発された。



唐門
泉涌寺唐門の奥に霊明殿があり、その奥が月輪陵となる

陵墓名 月輪陵    九重塔
所在地 京都市東山区泉涌寺内
兆域内での位置は、桜町天皇の南にあたる。九重石塔で西面し、高さ5.42m、基壇方7.27mの規模で、周囲に石柵をめぐらしている。正面には石門を建て、石扉がついている。