鳥羽離宮跡地図
保安4年(1123)に崇徳天皇に譲位された鳥羽上皇は、 ここ鳥羽離宮に次々と御殿や御堂を築き、 離宮の結構を整えられた。 |
清涼寺蔵の「融通念仏縁起」。 | |
離宮の東殿、寝殿の御簾の奥に上皇の姿が垣間見え、 御前に控えた僧侶は名帳に筆を走らせている。 |
鳥羽上皇と念仏 保安4年(1123)に崇徳天皇に譲位された 鳥羽上皇は、ここ鳥羽離宮に次々と御殿や御堂を築き、 離宮の結構を整えられた。 |
鳥羽上皇の出家 仏道に心を寄せられていた上皇は、永治元年(1141)3月10日、鳥羽離宮でご剃髪になり、39歳の若さで出家された。「今鏡」には、上皇が少しも病気などでいらっしゃらないのにご出家を決意されたことに、世の中の人々は涙ぐむほどもったいなく思ったとある。 そして50日に及ぶ逆修(ぎゃくしゅ)の仏事を営まれ、大路を歩く犬や、木を運ぶ牛、御堂の池の魚や庭の鳥にも餌を与えられ、また僧侶に湯浴みをさせたり、お布施を賜って功徳を積まれた。 剃髪されたお姿は「天子摂関御影」による。 |