宝塔寺地図

総門(重文)
四脚門
室町中期創建
那羅延金剛 仁王門 秘迹金剛
仁王門の天井画 本堂(重文)
仁王門の天井は28cm四方の
正方形に区切られており、
天井板にボタンの花約250個
が描かれている。
慶長13年(1608)創建
本尊 釈迦如来像、
    左右に日蓮・日像の像が祀られている。 
 この寺は深草山(しんそうざん)と号する日蓮宗の寺院である。
9世紀の半ばに、藤原基経(もとつね 836〜91)によって創建された。
当初は極楽寺と称する真言宗寺院で、平安時代には広大な寺領に堂塔伽藍が甍を連ねたといい、
今もこのあたりには、往時を偲ばせる極楽寺町という地名が残っている。
 極楽寺は、徳治2年(1307)に往時の良桂が日蓮の法孫・日像(にちぞう)に帰依し日蓮宗に改めた。 
 日像が京都に通じる七つの街道の入り口に建てた法華題目の石塔婆の一つが、
当寺の日像廟所に奉祀されたことにちなみ、寺名を宝塔寺と天正18年(1590)に改称したとされる。
行基葺の多宝塔(重文)
室町初期(永享10年(1438))創建

 宝塔寺は京都で日蓮宗の繁栄の

礎を築いた人物がまつられた寺で

にちぞう

 日蓮の弟子、日像(1269〜

1342)がその人。日像の京

での布教により町衆を中心に法華

信仰が広まり、戦国時代には京都

に日蓮門下の本山が21も並立。

京都は「おおかた題目(南無妙

法蓮華経)の巷」と言われました。

 1608年建立の本堂(国重要

文化財)には、その日像の木像が

まつられ、墓所もあります。ま

た、本堂脇の多宝塔(重文)は室

町時代の建立ですが、奈良・元興

など数例しかない「行基葺き」

という丸瓦を重ねて葺く古い技法

が見られます。

七面宮からの眺め
七面山には、寛文6年(1666)に勧請された
七福吉祥の七面大明神を祀る七面宮がある。
大雲寺
霊光寺
 源氏物語の藤裏葉(ふじのうらば)の帖には極楽寺が登場し、
藤原一族の菩提寺であるこの寺で、頭中将は母、大宮の一周忌を
盛大に行った。
光源氏の息子、夕霧が、頭中将の娘、雲居雁(くもいのかり)との結婚が
許されたのはその法要のあとであった。
 ここで夕霧は春の一日を過ごした。