法住寺地図
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三十三間堂の東隣。 後白河法皇が院政を執った法住寺の名を残し、 代々後白河陵を管理してきた。 明治維新の際に大興徳院と改名したが、 1955年に再び法住寺に戻った。 |
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三十三間堂の 藤原為光が、娘低子(花山天皇女御)の死を悼んで建立した寺で,1032(長元5)年末に 本堂内の本尊千手観音坐像(国宝,鎌倉)は湛慶82歳の作で,全長335cmの大作。 |
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