第111代 後西天皇(ごさい)地図

後水尾天皇(第六皇子)
逢春門院櫛筍隆子(藤原隆政の娘)
誕生 1637年(寛永14年)11.16  
御名・異称 良忍(ナガヒト)、秀仁、桃宮、花町宮
女御 明子女王  立太子 … ―――
即位 …1654(承応3年)11.28
在位年数 …9年
崩御 …1685年(貞享2年).22(年齢49才)
皇居 平安宮
年号 承応、明暦、万治、寛文
後光明天皇に皇子がなかったため、後光明天皇の養子になっていた識仁親王(後の霊元天皇)が成長するまでの間、中継的に即位した。
学問に力を注ぎ、「水日案」などの優れた著作を著した。和歌の才に恵まれ、古典への造詣も深かった。
治世中に、明暦の大火、伊勢神宮や大阪城の炎上、諸国の洪水と地震といった忌まわしい出来事が続発、人々は天皇の不徳を責めた。
朝廷の諸記録の複製を進めて火災に備えるなど隠れた功績も認められる。


唐門
泉涌寺唐門の奥に霊明殿があり、その奥が月輪陵となる
陵墓名 月輪陵   九重塔
所在地 京都市東山区今熊野泉山町泉涌寺内
25陵・5灰塚・9基の一つである。
後水尾天皇陵の南となりに御陵地が定められ、高さ5.42mの九重石塔で西面する。塔の基壇は方3.94mの規模であり、石柵をめぐらしている。