22 巻向の 山邊響みて
歌 柿本人麻呂 巻7−1269 筆 市原豊太 地図 |
巻向之 山邊響而 往水之 三名沫如 世人吾等者 |
まきむくの やまべとよみて いくみずの みなわのごとし よのひとわれは |
巻向の 山邊響みて 行く水の みなわの如し 世の人吾は |
巻向の山邊に響き渡るように流れ行く水の水泡の如くはかな いものである。この世の人である吾等は。 巻向山麓、痛足川のほとりに、ある女の住処があった。 そこえ人麻呂はおそらく馬に乗って通いつづけた。妻問い婚 である。そして、その途上で、また女の家に宿って、折々に 歌を詠んだ。その女は、その後病没した。人麻呂は人の命の はかなさを実感した時に詠んだもので、そこでかれは、 巻7−1268と1269の挽歌を詠んだ。 巻7−1268 児らが手を 巻向山は常にあれど 過ぎにし人に 行き纏(ま)かめやも みなわ:みなあわ・水の泡・うたかた |
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自然の歌に多い非略体歌であるが、人麻呂は、巻向山から音をたてて流れてゆく水に人生をみている。 人生もまた、多くの騒音をたてている。騒がしく、周囲におおくの騒音を残しながら、人生は流れてゆく。 しかし、結局、それは、水沫のようなもの、何一つ、そこには実体がなく、一切、みなすぎてゆき、みな消えていく。 |
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山の辺の道(東山魁夷)⇒⇒⇒ |