小野神社 地図

 
小野毛人墓(えみし)
 天武朝の官僚であった小野毛人は、最初の遣隋使小野妹子の子で、天武6年(677)に没したとされる。
 慶長18年(1613)、祟道神社境内の上高野一帯を見渡す山腹の墓から鋳銅製の墓誌が発見され、この墓が小野毛人を埋葬したものであることが明らかとなった。大正3年(1914)、墓誌は国宝に指定され、現在京都国立博物館に保管されている。
 墓は、大正3年に調査され、その結果、板石で作られたせきしっは長さ約2.5m、幅及び高さ共約1m、当初は封土が施されていたものとみられる。
 この墓は、市内に残る奈良時代前期の数少ない遺跡であり、当時の墓制を知るうえでも貴重なものである。 

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