本願寺山科別院地図

山科別院の由来

The history of Yamashinabetsuin


 本願寺中興の祖と仰がれる蓮如上人ゆかりの聖地が、

この山科別院であります。

 本願寺第8代宗主蓮如上人の時、1465 (寛正6)年、京都

東山·大谷本願寺が比叡山の僧徒により破却され、ご開山

親鸞聖人のご真影は大津・近松御坊にご避難されていま

した。上人64歳の時、1478 (文明10)年江洲,金森道西の願い

により、山科郷野村西中路に坊舎を建てられました。これが

山科本願寺のはじまりです。

 1480 (文明12)年8月に御影堂が新築され、同年11月には

大津よりご真影をお移しになり、翌1481(文明13年)6月には

阿弥陀堂が完成、ここに松林山山科本願寺と号す本山

本願寺が、歴史上にその姿を現したのでした。

 山科本願寺は一説によれば、御影堂,阿弥陀堂を中心に43

万坪ともいわれる広大な寺領を有し、「寺中広大無辺にして、

荘厳さながら仏国の如し」とうたわれました。その後、蓮如上人

のご息男第9代実如上人、さらに第10代証如上人と続いて

諸堂宇が整備され、寺内町は足の踏み場も無く、お念仏の

声絶えることも無いと言われるほどのにぎわいをみせました。

ところが1532 (天文元)年8月、日蓮宗徒、比叡山僧徒が、

六角定頼の兵とともに本願寺を襲撃、やがて御堂に火が

放たれ、ついに華麗を極めた山科本願寺もことごとく灰尽に

帰し、本願寺は蓮如上人が造営されていた大坂石山坊舎

(現在の大阪城)に移り、53年間に亘って隆盛を極めた山科

本願寺は消滅したのでありました。


 その後、全国の蓮如上人をお慕いするご門徒方々は、

山科に残された蓮如上人御廟にお参りしても、管理を行うお

寺もなければお念仏を弘める道場もないことに心を痛め、

しばしばご本山に寺院造営を懇請しましたが、なかなか叶う

ことの無いまま、山科本願寺焼失から200年が経過しました。

いよいよ時熟し、1732(亨保17)年第15代住如上人により

北山別院の旧堂をご廟所の東側に移築、聖水山舞楽寺と

されました。さらに第17代法如上人の時代になって、あまりに

きょうあい

この御堂が狭隘であるため、17年の歳月を費やして1772

(安永元)年3月現在の本堂が建立され、続いて1782 (天明

元)年蓮如上人300回忌にあたって、鐘楼,太鼓楼,茶所等

を増築されました。 

 1998 (平成10)年、蓮如上人500回遠忌をお迎えする記念

事業として、老朽化した本堂。御殿の修復、書院の新築が行

われました。また2011 (平成23)年親鸞聖人750回大遠忌を

お迎えする記念事業として、旧茶所跡に多目的会館が新築

されました。

 また、中宗堂は1823(文政8)年蓮如堂として本堂の南に

建立されました。中宗堂にご安置されている蓮如上人像は、

上人54歳の御自作として、永くご本山に伝えられてきました。

1732(享保17)年舞楽寺仏殿落慶の後、この御像を本山より

お移しして報恩講が修行され、これを前例として、山科別院

中宗会報恩講には御像をお迎えするのが例となっていま

した。1884(明治17)年4月第21代明如上人により、山科別院

中宗堂を本山中宗堂代と定められ、これよりこの御像は永く

山科の地に安置されることとなりました。

 蓮如上人略年譜
1415年(応永22)        ご誕生(2月25日,新暦4月13日) 
1431年(永享3年) 17歳 お得度 
1457年(長禄元年) 43歳   父存如上人(第7代)ご往生,
本願寺第8代をご継職
1458年(長禄2年) 44歳  実如上人(第9代)ご誕生 
1460年(寛正元年:46歳  「正信偈大意」を著される 
1461年(寛正哖) 47歳   初めて「御文章」を書かれる 
宗祖親鸞聖人200回忌
1465年(寛正6年) 51歳   延暦寺の衆徒、大谷本願寺を破却(寛正の法難)
大谷の地をご退去、近江へ向かわれる 
1471年(文明3年) 57歳   越前吉崎に坊舎を建てられる 
1473年(文明5 59歳  「正信偈和讃」を刊行される 
1475年(文明陶61歳  越前吉崎をご退去、若狭小浜·丹波 
摂津を経て河内出口に到着される
1477年(文明9 63歳   「御俗姓」を書かれる 
1478年(文明10年) 64歳   山城山科に移り坊舎の造営を始められる 
1480年(文明12年) 66歳  山科本願寺御影堂、上棟する 
1481年(分明13年) 67歳   山科本願寺阿弥陀堂、上棟する 
1489年(延徳元年)75歳 寺務を実如上人に譲られる  
1496年(明応5年) 82歳   大坂石山に御坊を建立される
1499年(明応8年) 85歳  ご往生(3月25日,新暦5月14日) 
山科別院の由来より