法然院地図
山門 数奇屋風の茅葺 |
法然ゆかりの名刹 | 白砂が盛られ、上に掃き目で砂絵がかかれている |
念仏の専修道場であって、浄土宗では特別の聖地として重きをおいている。 |
善気山萬無教寺(ぜんきさんばんぷきょうじ)と号する浄土宗系の単立寺院である。 鎌倉時代の初め、法然上人が弟子の住蓮、安楽とともに、阿弥陀仏を昼夜に6回拝む六時礼讃を勤めた草庵で、 寛永年間(1624〜1644)ほとんど廃絶していたが、延宝8年(1680)に知恩院の第36世萬無心阿上人と弟子の 忍澂(にんちょう)和尚が念仏道上として再興した。本堂には恵心僧都作の阿弥陀如来坐像と法然上人自作木像を 安置し、直壇(じきだん)には毎朝25の生花が散華される。 |
阿弥陀如来坐像は近年、台座、光背、頭上の天蓋(てんがい)に色彩が施された。濃淡のある赤や緑、青、 金などの装飾が如来を包む。 |
台座の前に供えられた四季の花は、阿弥陀仏に従う観音など25の菩薩を表す。 |
方丈の前庭に湧きでる善気水は、非公開だが名水として知られ、お茶を点てるのに最適といわれる。 |
参道に散る椿が名景として知られており、境内には、谷崎潤一郎、河上肇、浜田幸作ら多くの文化人の墓がある。 |
後西天皇の皇女の御殿を移築した方丈である。 |
方丈の桃山時代の金地着色襖絵は狩野永徳の長男、光信筆(重文)。堂本印象の新襖絵(1971)、老松の庭園 もある。 |
白沙段(はくしゃだん)または、白砂壇(びゃくさだん) |
善気山万無教寺(ぜんきざんばんぶきょうじ)といわれ、現在本山獅子谷法然院と称している。 伝来した。茅葺の門をくぐると老松、白砂池泉の庭園が目に入り、 天蓋・光背・台座等は近時彩色を新たに施され、まことにまばいばかりの荘厳になっている。 狩野孝信筆襖絵(重文)
本堂に連つて北にある方丈の上之間、次之間に供え付けられている。 うになった。床張付は「桐に竹図」違棚壁張付「若松図」で、床に続いて西側に大襖二面に竹を描く、 新襖絵 堂本印象画伯が一九七一年に描いた襖絵が展覧されているが、抽象的絵画を古い桃山時代の |
本尊 阿弥陀如来 |
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