念仏寺地図

 山の辺の道 散策ガイド 飛鳥 散策ガイド 
 山の辺の道に沿う浄土宗の寺院で、大塚山宝性院念仏寺(だいちょうざん)という。
創建年代は明らかでないが、行基の創建と伝えられ、
15世紀ごろまで存続していた中山寺の一坊であったとされる。
明応七年(1498)焼失し天文十九年(1550)に、十市城主・十市遠忠が病気平癒のお礼に再建した。
しかし、宝永六年(1629)に再び焼失し、同年に沢公上人が再建した。
 この寺はもと真言宗であったが、承応元年(1652)、直至上人(ちょくし)のときに浄土宗に改められた。
 本尊は行基の作とつたえられる阿弥陀如来であった。
たびたびの火災で焼失をまぬがれたことから「焼け残り弥陀」と呼ばれていた。その後廃寺となった兵庫
の本願寺の本尊を移し、取り換えられたのが現在の本尊で、90cmの阿弥陀如来像で、足首があらわに
なっている珍しい像。
 境内の鐘楼には、「宝永四年丁亥天八月二五日 当国葛下郡五位堂村津田大和国藤原定次作」と鋳込
まれた楚鐘がかかっている。第二次
世界大戦中に供出したが、鋳つぶしをまぬがれて復帰したという。
 庫裏からの眺望はよい。
「寺の周囲に広がる墓地には、石塔が9400基あまりあり、すべて調査された。
墓地は17世紀から18世紀に建塔の盛期を迎えたようである。」
 「奈良盆地でも最大級の郷墓であることが確認された。
寺院周辺に点在する中山、成願寺、 萱生(かよう)、
新泉(にいずみ)、三昧田(さんまいでん)、兵庫、
佐保庄(さほんしょう)、竹之内、岸田の各集落の共同墓地である。」








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