円山公園地図

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坂本竜馬・中岡慎太郎銅像
円山公園(まるやまこうえん)の由来
 平安の昔、今の円山公園の一帯は一面真葛や薄(すすき)などが生い茂り真葛ケ原と呼ばれていました。鎌倉時代、慈円僧正が
「わが恋は松を時雨の染めかねて
       真葛ケ原に風さわぐなり」   新古今集
と詠んでから一躍和歌の名所となり、以来多くの歌にうたわれた。江戸時代に入ると安養寺塔頭の六阿弥(左阿弥、世阿弥などいずれも何阿弥と称した六坊)が席貸を始め、次第ににぎやかさを増してきた。
 この頃から「慈円山安楽寺」の「円山」がこのあたりの呼名となったと伝えられている。
 中央に池を配した回遊式日本庭園に造り変えられたのが現在の円山公園の姿である。
  円山公園の由来⇒⇒⇒
 西行物語で終焉の地とされた西行庵、中には西行の木像がある。
百人一首86⇒⇒⇒
西行法師⇒⇒⇒
 円山公園のシンボルともいえる近年の枝垂れ桜の姿は痛々しい。この枝垂れ桜は2代目。
初代は1947年に樹齢200年余りで朽ち、後を継いだ。15年ほど前から枝が枯れ始め、傷口の樹液
に群がる虫をカラスがつついてさらに衰えた。
 食い込んだ鉄の支柱を外し、少しずつ根元に養土を入れ、カラスよけの釣り糸を枝の周りに張り巡らせ
、他の木の根っこと地中で支えあう枝垂れ桜の苗木5本を植えた事により、新芽が吹き始めた。
枝垂れ桜
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