帯解寺地図

     
 皇族のおめでたのニュースが届くと、本尊の地蔵菩薩像(重文・鎌倉時代)を前に安産祈願の法要が営まれ、お祈りをこめた岩田帯一式が宮家に献上される。
 事の起こりは約1千年前の9世紀半ばと伝わる。太政大臣藤原良房の娘で文徳天皇の皇后となった娘・明子は、なかなか子供が生まれないのを悩んでいた。
 寺伝によると、霊松山という寺の地蔵に祈りをささげよという、春日明神のお告げがあった。早速勅使を立てて祈るとまもなく懐妊、無事に後の清和天皇となる男の子を出産した。喜んだ天皇が伽藍を整え、無事に帯が解ける寺、帯解寺と名付けた。
 江戸時代には、3代将軍家光の側室、於楽の方が祈願し、4代将軍家綱が生まれた。境内には、寛文3年(1663)に家綱が寄進した手水鉢が今も残されている。
 無事出産を祈る安全祈願、子宝に恵まれるようにという求子祈願(ぐし)、成長を願う初参りや七五三と子供をめぐる祈祷はさまざま。特に、戌(いぬ)の日にはおなかの大きな女性の姿が目立つ。  

     
 
 この寺は、小野小町にも縁がある。江戸時代の境内図に小野の宮という祠が描かれていて、
02年に小町之宮址の石碑を建て、翌年から小町忌を営んでいる。 
     
小野小町⇒⇒⇒ 
百人一首⇒⇒⇒
重要文化財 帯解子安地蔵尊略縁起

 当山は一千二百年前勤操大徳の開基で、本尊裙

帯地蔵尊は、日本最古の求子·安産の霊仏で御丈

六尺二寸の半跏像です。

文徳天皇の御妃染殿皇后久しく御子なく、当山に

祈願せられ、初めて清和天皇を御安産、寺号を帯

解寺と勅命されたのです。

その後江戸時代二代将軍秀忠公御子なく、当山に

立願せられ三代将軍御安産、寛文三年家綱公、元

禄五年東山天皇、宝永四年家宣公いずれも当地蔵

尊に祈願せられ安産遊ばされています。

昭和三十四年皇太子妃美智子殿下御懐妊に際して

安産岩田帯、御守を献納三十五年二月二十三日浩

宮殿下御安産、四十年八月、同四十三年十月岩田

帯、御守を献納、礼之宮紀宮御安産、東宮御所よ

り御礼状を賜って居ります。そして、平成三年五

月二十一日、秋篠宮妃紀子殿下にも安産岩田帯、

御守を献納致して居ります。平成十三年六月二十

七日、皇太子妃雅子殿下御懐妊に際しても、安産

岩田帯、御守を献納させていただきました。子宝

を求められる方御安産を願われる方々の御仏とし

て広く信仰されています。

◎水子供養もいたします。























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