第9代 開化天皇 (かいか)地図

(こう)(げん)天皇(第二皇子)
(うつ)(しこ)()
誕生208年(孝元天皇7年)
御名・異称(わか)日本根子彦(やまとねこひこ)大日日(おおひびの)(みこと)
皇后伊香(いかが)(しこ)()
立太子193年(孝元天皇22年)1.14
即位158年(孝元天皇57年)11.12  
在位年数
…60
崩御98年(開化天皇60年)4.9  年令…111
皇居(かす)(がの)(いざ)(かわ)宮  年号━━
○欠史八代の最後の天皇である。
○都を春日の地に遷し、(いざ)(かわ)宮(伊社箇波)と称された。
○初代神武天皇から第八代孝元天皇までの陵墓が、畝傍山麓から葛城山麓一帯にかけて広がるのに対し、次代崇神天皇の陵墓が三輪山麓に移っていることは、明らかに政治の中枢が移行した可能性が指摘される。
開化天皇が崇神天皇の父であり、その大宮が畝傍山周辺に集中する代々の宮よりも北に離れていることから、いわゆる三輪王朝の成立をより遡って考える見解もある。しかし、天皇の実績についてはほとんど伝えられていないことから、やはり崇神と大三輪神の関係を示す伝承を踏まえ、従来の王朝交替論を推論すべきである。
天皇と宮の名⇒⇒⇒
陵墓(かす)(がの)(いざ)(かわの)(さかの)(えの)(みささぎ)(念仏寺山古墳)前方後円墳・堀
所在地奈良市油阪町
○御陵は、ほぼ南面する前方後円墳で、全長約105m、後円部径約48m、高さ約8.5m、前方部幅約60mの規模で、春日山西麓の緩斜面の平坦地に立地している。
○墳丘規模等から、五世紀末から六世紀初頭の時期と推定できるから、現陵を開化天皇陵とするには疑問点が多い。
陵号と地名等から治定したと思われる。
主体部は横穴式石室の可能性も強い。1863年(文久3年)に修補された。