業平道
玉祖神社(たまおや)

在原業平⇒⇒⇒

  平安六歌仙の一人、在原業平が在原寺(天理市)から、高安(八尾市)の女性に会うために通った道。
町消防第二分団詰所の付近から始まる「藤ノ木・業平つれずれの道」。鏡代わりにしたという「姿見の井戸」や竹藪のトンネルなどがある。
   
   
   
  君来むといひし夜ごとに過ぎぬれば頼まぬものの
恋ひつつぞ経(ふ)る
            伊勢物語二十三段筒井筒より
  大和の男(在原業平)は幼なじみの女と暮らしていたが、
高安の女をみそめ、
そのもとに通う。ある時、女が侍女に給仕をさせず、
自分でご飯を器に盛ったのを見て、
男は恋変わりし通わなくなる。それでも女は待ちつづけこの
歌を詠んだ。
謡曲「井筒」「高安」でもよく知られている。 
  謡曲⇒⇒⇒ 
  この街道はむかし大阪玉造と大和竜田を結ぶ
重要な道筋にあたりこの辻には多くの茶屋が並
んでいたのでその名がある。また在原業平と茶
屋娘の恋物語で名高い。
業平が峠を越え玉祖神社へ参詣の途中、福屋の
娘梅野をみそめたが、ある夜東窓があいていた
ので中をのぞくと、娘がてづからでめしを食ってい
たので、急に興ざめ逃げ帰った。娘は後を追ったが
見当たらず悲しんで渕に身を投げた。
この高安の里では、今でも東窓を忌み、これを開け
ると娘の縁が遠くなるという伝説にもとづく。
 (地図  神立茶屋辻 地図


tamaoya
玉祖神社 (地図

     
  玉祖神社
 式内社で玉祖明神とか高安明神ともいう。高安11カ村の氏神で、和銅3年(710)の周防国から分霊を勧請したもので、
祭神は櫛明玉命である。この地に玉造部の人々が住んでいたので、どの祖神をまっつたものであろう。
 寺宝も多く、北条時政の制札(重文)男女神像、豊臣秀頼寄進の石灯籠などがある。
 神柱の北方を東西に13街道が走り、大阪の玉造に通じ、玉祖、玉造りの地名からこの街道のもつ意義は大きい。

 八尾市教育委員会  
   
 
 
 十三峠



































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