第4番 高雄山 岩船寺

わらいぼとけ 石風呂(岩船) 山門
 浄瑠璃寺へ通じる野道は当尾の石仏群が
有名。
永仁七年(1287)銘の入った中尊阿弥陀三尊磨崖仏。
観音菩薩坐像、右勢至菩薩坐像。
 鎌倉時代僧呂が身を清めた。
この岩船が岩船寺の由来といわれている。
 山門の木の葉隠れに三重塔が眺められる。
本堂  十三重石塔(重文) 三重塔(重文)
 奈良市に近く、静かな山間に建ち、老樹に囲まれている。
 寺は、天平元年(729)、聖武天皇の勅願で行基が創建したのに始まる。弘仁4年(813)、嵯峨天皇の命で皇子(のちの仁明天皇)の
誕生を祈って効があり、堂塔を建て、岩船寺と称した。盛時には堂塔39を数えたが、承久の乱(1221)の兵火でその多くを焼失した。
 その後、室町時代に三重塔が建立され、江戸時代に本堂と本尊の修復をした。
 昭和63年(1988)に再建された新本堂堂内に丈六の阿弥陀如来座像(重文)を安置する。
本堂には、ほかに普賢菩薩騎象像(重文)、四天王像等が祀られる。
十三重石塔(重文)
  正和3年(1314)に、妙空僧正の造立と伝えられる。1943年(昭和18年)石仏を積みなおした時、
軸石のくぼみに水晶の五輪塔が発見されたが元通りに納められた。
ちなみに
三重塔(重文)
  天長二年(825)智泉大徳入滅後、10年をを過ぎて承和年間(834〜847)に、仁明天皇が智泉大徳の遺徳を偲んで
宝塔を建立されたものであると伝えられる。
石室不動明王(重文) 阿弥陀如来坐像(重文) 三重塔(重文)
石室不動明王(重文) 
 応長2年(1312)塔頭湯屋坊の住僧盛現が眼病に苦しみ、不動明王に7日間の断食修法をされ、成満日には不思議にも眼病平癒された 。
そして報恩のために自ら不動明王を彫刻安置し、入滅の時「我が後生の凡俗にて眼病に苦しむ者あれば、必ず岩船寺の不動明王を断念せよ。
7日間に祈願成就する」と遺言され、今日に至るまで霊験にあやかろうと多くの参拝がある。
阿弥陀如来坐像(重文) 
 藤原初期の作で(天慶9年946)、行基の作と伝えられている。欅の一木造りで、高さ284.5cm。


















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