藤森神社地図
平安遷都以前に建立された古社で、素盞鳴命(すさのおのみこと)、神功皇后、 日本武尊(やまとたけるのみこと)など12柱に及ぶ神々を祀り、洛南深草の産土神(うぶすながみ) として崇敬されている。 本殿は、正徳2年(1712)に中御門天皇より賜った宮中内侍所(ないしどころ・賢所)の 建物といわれる。 また、本殿背後東にある八幡宮は応神天皇を祀り、西にある大将軍社は磐長姫命(いわなが)を祀る。 大将軍社は平安遷都のとき、王城守護のため京都の四方に祀られた社(やしろ)の一つであるといわれ、 古来より方除けの神として信仰されている。 |
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「菖蒲の節句」発祥の神社として知られ、菖蒲が勝負に通じること、 毎年5月5日に行われる藤森祭で曲乗りの妙技で 有名な「駈馬神事(かけうま)」が行われることから、勝運と馬の神社として特に信仰が厚い。 また、日本書記の編者であり、 日本最初の学者である舎人親王(とねり)を祭神としていることから、学問の神としても信仰されている。 |
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駈馬神事 約200mのコースに、20代から50代までの6人の乗子(のりこ)が、ほとんどぶっつけ本番で臨んだ矢 |
石造鳥居 正徳元年(1711)の銘有り。 この鳥居には額がないが、むかし後水尾天皇宸筆の額がかかげて有り、 江戸時代前の道が西国大名参勤交代の道筋にあたっていたので、 各大名は神社前を通る時、駕籠からおり拝礼をして槍などをたおして、 通行しなければならなかった。 しかし、幕末動乱の時代となり、このような悠長なことでは時代に即しないと、 新撰組の近藤勇がはずしたと云われている。 |