車折神社地図

高倉天皇に仕えた学者清原頼業
(よりなり・文治5年・1185没)祀る。
南参道
祈念神石(きねんしんせき)
 願い事がある方は、社務所にて祈念神石を授かり、神前において願い事を強く念じた後、持ち帰り、願い事が成就した折には、
石を一個拾って洗い清め、石にお礼の言葉を書き、授かった記念神石と共にご神前に返納する。
境内にある芸能神社
祭神 天宇受売命(あめのうずみのみこと)
芸能神社(境内末社)
 人々の生活に慰楽を与えうるおいをもたらし、情操を豊かにして、活動力を培う源泉となる、一般芸能道の祖神。
俳優や歌手らが奉納した朱塗りの玉垣が数多く並ぶ。
 創建は1957年。芸能関係者が要望したという。
 高倉天皇に仕えた学者清原頼業(よりなり・文治5年・1185没・平安末期)が葬られ、廟ができたのが神社の始まりとされる。
 鎌倉時代になり、後嵯峨天皇の嵐山・大堰川(おおい)行幸の途中、牛車に乗ってこの社前を通ろうとした時、たちまち牛が倒れ車が折れたので、ここは大学者の清原頼業(よりなり)の廟所があると知った天皇は非礼をを詫び車折大明神の神号と正一位が贈られた。
 昔から商人かこの神社の小石を持ち帰り家に納め満願の際この石数を倍にして神社にかえし商取引の違約のないよう祈る慣わしがある。毎年5月第3日曜日に新緑の大堰川で行われる当社の三船祭には龍頭(りゅうとう)鷁首(げきす)の船や詩歌管絃などなど多くの供奉(ぐぶ)の船が川を上下して優雅な平安京の昔を偲ばせる。

 源氏物語の胡蝶の巻にある龍頭鷁首の船遊びの今に伝えているのが、車折神社の年中行事として知られる三船祭である。大堰川に龍頭船と鷁首船を始め何艘もの船を浮かべ、管弦・舞・詩歌・琴・謡曲などといった雑多な芸能を披露する。この祭の歴史は昭和3年より始められた祭りで歴史は浅いが、宇多上皇の行幸のあった大堰川のご船遊に因み、由来するところは古い。

 富岡鉄斎が宮司を務めた縁から作品100点余が納められている。

 商売繁盛・金運の神として知られる神社。1カ月にわたって茅の輪くぐりが

できる。身の穢れを移した人形は、6/30日の大祓式で焚きあげられる.。

謡曲⇒⇒⇒



北参道
 車折神社⇒⇒⇒