かぎろひの丘地図人麻呂公園地図又兵衛桜地図

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道の駅に飾ってある「かぎろい」状態の写真
 
   
東(ひむがし)の野に炎(かぎろひ)の立つ見えて かえり見れば月傾(かたぶ)きぬ

「かぎりひ」というのは「陽炎」すなはちかげろうと解されるが、この「かげろうは」は日中に
立つものではなく、暁天の光をさすものとされる。東の空に日が立ち、暁の光がさしている。
その時、ふと西をふりかえってみると、月がもう入りかかっているという意味で、朝の気配を
歌った壮大で雄偉な歌と云われる。


柿本人麻呂像



 当区の字道辺寺の境内に、大坂冬の陣、大坂夏の陣で活躍した豪傑、後藤又兵衛の墓がある。
 周囲に玉垣がめぐらされ、石碑には「法泉院量獄安寿居士」と彫られている。
 元和元年(1615)5月8日、大坂夏の陣で豊臣方は敗退したが、又兵衛は再挙兵の希望を捨てがたく、
城中より逃れた落ちた。
 紀州を廻って知人を頼り、大和宇陀の当地に来て、本郷の鉱泉で傷を癒し、豊臣家の再興を待ったが、
世は徳川の天下となったので、又兵衛は僧になり「後藤」の姓を一時「水貝」と改めて生活していたと
伝えられている。
 当地には、後藤の姓を名乗る家が数件あり、この又兵衛ゆかりの枝垂れ桜が残っている場所も、
後藤家の屋敷跡である。
 また、本郷鉱泉を利用した又兵衛ゆかりの湯として、近くに県立老人休養ホーム椿寿荘宇陀寮の
本郷温泉がある。