五智堂地図

五智堂(重文)
 長岳寺西方1kmの飛び地境内にあり、上街道沿いに建つ。鎌倉時代の建設で、中央に一本柱の傘形の屋根がつき、
その形から傘堂或いは真面堂ともよばれる。
 真ん中の太い眞柱によって建物のほとんどの重量が支えられている。
心柱上部に四佛の梵字額があり、全体の五智如来つまり、大日如来の象徴として建てられたものである。
中央の欅(けやき)の丸柱の南に宝生如来、北に不空成就如来、東に阿閦如来(あしゅく)、西に無量寿如来を配し、
中央の柱を大日如来に見立てる。。
 またの名を「まめん堂」といわれる。これが本来の長岳寺の入口で、この堂はいわば、その路標のような役目を果たす目印であった。
「まめん堂」はさらになまって「豆堂」ともいわれているが、正しくは「真面堂」、本当のなは「五智堂」である。
藥師堂
 山の辺の道、桜井と天理の中間にある上ツ道に出るところに建っている。このあたりを長岡釜ノ口という。岳は「おか」とも読めるので、
長岡を長岳と書きかえたのだろう。
 釜ノ口は、倭建王の御子、釜見王の廟所の名からとったらしい。長岳寺は一名、釜ノ口寺ともいう。
 真言宗の寺であり、弘法大師の開基だという長岳寺に、真言の本尊大日如来の象徴をその入口に建てることは、
それ自身で寺の性格を表示することになる。
 今はないが、江戸時代には床が張ってあり、参詣人などの休息所になっていた。
 おなじようなものが、大和にひとつ、当麻(たいま)にある。日本にはあまりない珍しい建物である。(下の写真)


 左甚五郎が造ったと伝えられており、大池の東畔にあります。
一辺40cmあまりの方柱の上に、方形造の屋根がのせてあるような珍しい形で、本瓦葺の屋根の頂上に瓦製の宝珠露盤をのせています。また、傘堂はぽっくり信仰が伝えられています。
傘阿弥陀は石光寺に、鐘は明円寺に保管されています。
 傘堂⇒⇒⇒追加
 堂ではなく、唐傘を立てたような塔の形をしている。
吹き放ちの四本の支柱がないと、いまにも転倒しそうであるが、鎌倉時代いらい今日まで立ちつづけてきた。
この心柱の上の部分に、大日如来の梵字を彫った額が四面にかけてある。
もともとは通行安全の供養につくられた供養塔の一種であり、床を張らず、吹き放ちであるので、夏の暑さを避け、雨宿りにもつかわれる実用性も持っていた。
こんな建物が、中世にはほうぼうあったのだろう。
当麻にある傘堂地図

各地にある五智堂の形をした休息所
神明神社古墳にある休息所。
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屋敷山古墳(国史跡)にある休息場所。
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屋久島 志戸子(としご)ガジュマル公園内。
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渡月橋
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葛城山登山口にある休息所。
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須我神社奥宮にある休息所
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姫路城にある休息所
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竹之内峠にある休息所
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