2 志紀し間の やまと乃くには

歌 柿本人麻呂
 巻13−3254
筆 平泉澄

地図
志貴嶋
倭国者
事霊之
所佐国叙
真福在与具
しきしまの
やまとのくには
ことだまの
さきはふくにそ
まさきくありこそ
志紀し間の
やまと乃くには
こ島たま野
さ紀はふくにそ
まさきくありこそ
日本の国は、言葉に宿る霊力が幸いをもたらすくにです。だから私
もあなたの無事を祈り、言葉を捧げます。どうかご無事でいて下さいと。
言霊:言葉に宿っている不思議な霊感。古代、その力がはたらい
   て言葉通りの事象がもたらされると信じられた。


 
 地図
天皇の宮⇒⇒⇒
寺川と飛鳥川流域⇒⇒⇒
       
仏教公伝の地 初瀬川の南に、磯城金刺宮がある。仏教が正式に渡来したのはこの都である。
          日本仏教発祥のちである。
欽明天皇磯城嶋金刺宮址
磯城邑伝称地  
 磯城島金刺宮(しきしまのかなざしのみや)は欽明天皇の都の跡である。
欽明天皇13年(552)に百済の聖明王から釈迦仏の金銅像一躰と経論若干巻とが我が国にもたらされた。
仏教が公式に日本に入ったのが、この年であった。盛んに三韓の入朝があり、当時の桜井は国際都市
として栄えていた。磯城は式島とも敷島とも書き、大和を意味し、しきしまの大和といって日本国の称号
(たたえな)とされるようになった。
 この「しきしま」の地は三輪山鳥見山との中間で、初瀬川が三輪川と称されるあたり、すなわち磯城瑞籬
宮の金屋から城島小学校へかけての一帯の土地を含めた地域と思われる。東に初瀬峡谷を控え、西には
大和国原がひらけ生駒二上金剛葛城の連峰が遠くに、大和三山多武峯、倉橋山などが南に目近く
見える絶景の地である。
 桜井市水道局敷地内から、磯城嶋公園内に移転した。
磯城金刺宮⇒⇒⇒ 
仏教伝来地碑⇒⇒⇒
仏教伝来の地⇒⇒⇒

大和川(初瀬川)にかかる馬井手橋、
磯城嶋公園はこの橋より少し上流にある。
地図