ホケノ山古墳地図

 日本最古の古墳とされるホケノ山古墳であるが、
徳山県鳴門市の萩原墳墓群2号墓がその原型とされる。
同様のものが岡山県倉敷市の盾築(たてつき)墳丘墓にもある。
 棺を納めた小部屋「木槨(もっかく)」を石積みで囲む竪穴式の構造が似ている。
 三角縁神獣鏡の副葬が始まる前の時代の古墳、または、弥生墳丘墓。
 全長80m、後円部直径60mの前方後円墳である。埋葬施設は、木槨と石槨からなる内外二重構造の槨に木棺
を納めたものであった。
 槨:棺を収納し、保護保護するための埋葬用施設のことをいう。
2009-5-29朝日新聞より 墳丘頂上から見た三輪山








前方部東斜面検出の埋葬施設 ホケノ山古墳と箸墓古墳
ホケノ山古墳を築く労働力は延べ4万5千人と言われているが、箸墓古墳は135万人とケタの違う労働力を要した。
 ホケノ山古墳の周囲には纏向遺跡がひろがっています。
纏向遺跡は東西約2km南北1.5kmの古墳時代前期の大きな集落遺跡であり、
初期ヤマト政権発祥の地として、あるいは北部九州の緒遺跡群に対する邪馬台国、東の候補地として著名な遺跡です。
この遺跡は3世紀初めに出現し、およそ150年後の4世紀中頃には消滅してしまいます。
遺跡の中には箸墓古墳を代表として、纏向型前方後円墳と呼ばれる石塚古墳・矢塚古墳・勝山古墳・東田大塚古墳・
ホケノ山古墳の6基の古式の前方後円墳があります。これらの古墳は、
その築造時期が何れも3世紀に遡るものと考えられており、
前方後円墳で構成された日本最古の古墳群と言われています。

古墳⇒⇒⇒
 崇神天皇の皇女である豊鋤入姫命の陵墓と伝わる。 
石塚・勝山・大塚・東田大塚古墳 箸墓古墳