新薬師寺(しんやくしじ)地図

春日山 不空院(しゅんにちざん ふくういん)地図

本尊 薬師如来坐像国宝 木造(榧)
 写真は大和十三佛巡りポスターより
本堂(国宝・奈良時代)
本尊薬師如来(上の写真)、
十二神将 (国宝 塑造 天平時代)
華厳宗
 新薬師寺は聖武天皇眼病平癒祈願のため、天平19年(747)勅願により光明皇后によって
建立され、新薬師寺の新は「あたらしい」ではなく「あらたかな・霊験あらたか」薬師寺という意味といわれる。
当時東大寺とともに南都十大寺の一つに数えられていた。
 宝亀11年(781)西塔に落雷、瞬時にして炎上、現本堂のみが焼け残った。
 本堂 創建当初は食堂(じきどう)であったと思われる。二重基壇の上に建つ。入母屋建築。
鬼瓦は、天平時代のもので、古さにおいては唐招提寺金堂のものよりもまさる。
 四方の柱には元禄時代の修理の際に描かれた絵がかすかに残る。
 天井板を張らない化粧屋根の直線的なしま模様となっている。
天平時代:文化史上の時代区分。天平年間を中心に、広くは奈良時代全般(710〜749)をさす。
 十二神将立像も安政元年(1854)の地震で一体が倒壊。昭和6年(1931)に製作された。
 一木造りの本尊薬師如来を取り巻く土壇に十二神将立像が安置されている。
 昭和の補作以外は天平創建当初もので、国内最古の神将とされている。
 木製の芯に土を盛りつけた塑像で、政策当初極彩色であった。
 拝観の手引き⇒⇒⇒
鐘楼(重文・鎌倉時代建立) 鐘楼・部分
 弘安2年(1279)の棟札があり、袴腰は漆喰塗り。梵鐘(重文)は天平時代。
日本霊異記に道場法師鬼退治の釣鐘として名高い。
地蔵堂(重文・鎌倉時代建立) 東門(重文) 南門(重文)四脚門
地蔵堂 堂内には中央に十一面観音面観世音菩薩(室町初期)、右に薬師如来、左に地蔵菩薩が安置。
土塀 東門境内より
春日大社 志賀直哉旧居
高畑町⇒




春日山 不空院

 本尊 不空羂索観音菩薩坐像(重文)
高畑町の古刹の一つ。鑑真の住まいの跡に建てられたと伝えられている。
本尊不空羂索観音菩薩坐像は春日大社の第一神建武雷之男神を仏の姿
で表したもので、前に白鹿が控えている。
お堂の脇に、小さな鳥居と二つのほこらがある。
縁結びと縁切りの神様をまつっている。
不空院は女性の駆け込み寺でもあつた。
瀬戸内寂聴の小説「女徳」は、ここに駆け込んだ芸妓をモデルに書かれている。