熱田神宮地図

    
 本宮
主祭神
  熱田大神
相殿
  天照大神
  素戔嗚尊
  日本武尊
  宮簀媛命(みやす)
  建稲種命 (たけいなたね)
草薙神剣・八岐大蛇
瓊瓊杵尊
三種の神器
第10代崇神天皇
第11代垂仁天皇
倭笠縫邑
 熱田神宮は、参拝者から「あった(熱田)さま」と親しみを込めて呼ばれる神社で、三種の神器のひとつである
「草薙(くさなぎ)の剣」を神体として祭っている。 草薙の剣は素戔嗚尊がヤマタノオロチを退治したさい、その尾
からでてきたもので、姉の天照大神に献上された。さらに天孫降臨のさい、天照が天孫に授けられた。
 その後、伊勢の地で叔母の倭姫景行天皇の妹)から東征の旅にでる倭建命(景行天皇の御子)に授けられた
もの。
 そして東征の帰りに寄った尾張国の宮簀媛命(みやずひめ・美夜受比売)のもとに留め置かれたままになった。
そのため倭建命は伊吹山の神を討ち取れず、逆に祟りをこうむって病気がちになり、故郷を目前にして能褒野で
息を引き取ってしまう。
 社伝によると、宮簀媛命は倭建命の遺志を重んじ、この剣を熱田の地に祭った。それが当社の始まりで、今から
およそ1900年前になる。
 主祭神は、草薙の剣を神体とする熱田大神である。
 草薙の剣について⇒

     
 第一の鳥居   第二の鳥居   第三の鳥居
   
 手水舎  上知我麻神社

     
 事代主社  南新宮社  八子社
     
 清雪門  西楽所  信長塀
  清雪門
 もと本宮の北門と伝えられ、俗に不開門といって、かたく閉ざされたままである。
天智天皇7年(667)故あって皇居に留らせた神剣が、朱鳥元年(686)再び当神宮に納められた時、
二度と御動座なきよう門を閉ざしたという故事による。
 西楽所
五代将軍綱吉が貞享3年(1686)に
再建したものである。
5月1日の舞楽神事にはここで楽を奏奏する。
もとはこの西楽所(右楽所)に会い向いあって
東楽所(左楽所)もあった。 
 信長塀
永禄3年(1560)織田信長が桶狭間出陣の際、当神宮に
願文を奏し、大勝したので、その御礼として奉納した塀である。
土と石灰を油で練り固め、瓦を多数積み重ねている。
三十三間堂の太閤塀、
西宮神社の大棟塀と並び、日本三大土塀の一つといわれている。
       
 大幸田神社  内天神社  六末社  
     
  二十五丁橋 名古屋甚句 
 尾張名所図会や名古屋甚句で名高く、板石が25枚並んでいるところから25丁橋と云われ、西行法師もここで休んだと伝える。
名古屋では最古の石橋という。   
     
 霊剣図  倭姫命、剣を日本武尊に授ける図
   
  日本武尊、宮簀媛命に宝剣を授ける図
  伊吹山
能褒野

     
草薙の剣について⇒ 
 酔笑人神事図 神輿渡御神事 
 
 熱田神宮会館
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