天地のはじめ~神代三代まで

天地のはじめ 島々の生成 神々の生成 黄泉の国 身禊(みそぎ) 天照大神と
素戔嗚尊の誓約(うけい)
天の石屋戸
素戔嗚尊蚕と
穀物の種
八俣(やまた)大蛇(おろち) 大国主命
 大年神の系譜
大国主命
 兎と鰐
大国主命
 蛤貝比売と蚶貝比売
大国主命
 根の堅州国
八千矛神の歌物語
大国主命
 少名毘古那神
大国主命
 御諸のの山の神
天照大神と大国主命
 天若日子
天照大神と大国主命
 国譲り
天孫降臨 神代三代


出現・生まれた主な神 出来事  絵は図説古事記より 関係する神・ところ
順位 神名
天地のはじめ 天之御中主神  混沌から天地がはじめて分かれたとき、高天原(たかまのはら)に成り出でた神の名は、天之御中主神である。次に高御産巣日神。次に神産巣日神。この三柱の神はみな、配偶者のいない独神であり、姿をあらわすことはなかった。 造化三神⇒⇒⇒
別天神⇒⇒⇒
高御産巣日神
神産巣日神
宇麻志阿斯訶備比古遅神  次に国がまだ若く、水に浮かぶ脂や海月のようにふわふわと漂っていたとき、葦の芽がすくすく萌え出るように混沌から生り出でた神の名は、宇麻志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこじ)。次に天之常立神。この二柱(ふたはしら)の神もまた独神として成り出で、姿をみせることはなかった。
 これら五柱(いつはしら)の神は天つ神のなかでも別格の神である。
別天神⇒⇒⇒
天之常立神
国之常立神  次に成り出でた神の名は国之常立神。次に豊雲野神。この二柱の神もまた独神として成り出で、姿をみせることはなかった。
 次になり出でた神の名は宇比地邇神(ういじに)。次に妹の須比智邇神(すいじに)。次に角杙神(つのぐい)。次に妹の活杙神(いくぐい)。次に意富斗能地神(おほとのじ)。次に妹の大斗乃弁神(おおとのべ)。次に淤母陀琉神(おもだる)。次に妹の阿夜訶志古泥神(あやかしこね)。次に伊邪那岐神。次に妹の伊邪那美神
 これら国之常立神より伊邪那美神までを、あわせて神代七代という。このうち国之常立神と、豊雲野神の二柱の独神は、それぞれで一代という。次に男女が並んで成り出でた神は、それぞれ二神あわせて一代という。
 古代日本に、末子相続の習俗もあった。
子供たちを年齢の順に独立させて、最後に残った子供に家を嗣(つ)がせるのである。神々の世界に最後に現れた伊邪那岐神、伊邪那美神が国生みをしたとする神話は、末子相続の習俗をふまえたものとみられる。
神世七代⇒⇒⇒
豊雲野神
宇比地邇神
須比智邇神
角杙神
活杙神
10 意富斗能地神
大斗乃弁神
11 淤母陀琉神
阿夜訶志古泥神
12A 伊邪那岐神
12B 伊邪那美神
島々の生成








 天つ神一同は、伊邪那岐神伊邪那美神の二柱の神に向って、この漂っている国土を整え固めよと命じ、(あめ)沼矛(にぼこ)を与えてまかせた。
 
 そこで二柱の神は天の浮橋に立って、その沼矛を指し下ろして掻き回し、塩をコオロコオロと掻き鳴らした。そして引き上げると、その矛の先から(したた)り落ちた塩が積もり重なって島となった。これが淤能碁呂島(おのごろじま)である。


13 蛭子神
 二神はその島に降り、天の御柱(みはしら)を立て、八尋殿(やひろどの)を見立てた。そして伊邪那岐が伊邪那美に、
「おまえのからだはどのようにできているのか」と尋ねると、
「わたしのからだは成り整いましたが、まだ成りあわないところがひとつあります」と伊邪那美は答えた。
 そこで伊邪那岐が、
「私のからだは成り整って、成り余ったところがひとつある。そこで、この私のからだの成り余ったところでおまえのからだの成りあわないところを挿(さ)しふさぎ、国を生もうと思う。生むこといかに」と問うと、伊邪那美には、
「それはとても楽しそう」と答えた。
 そこで伊邪那岐は、
「それならば、私とおまえでこの天の御柱を行き廻ってから逢い、みとのまぐわいをしよう。おまえは右から、私は左から廻って逢おう」と言って廻った。
 すると伊邪那美神が先に、
「ああ、なんて美しい男でしょう」と言い、それに続けて伊邪那岐神が、
「ああ、なんて美しい女だ」と言った。
 それぞれが言い終えた後、伊邪那岐神は、
「女が先にしゃべるのはよくない」と言ったが、二神は寝所で交わり、子を生んだ。しかし、この子は骨なしの水蛭子(ひるこ)であったので、葦の船に入れて流して捨てた。次に淡島(あわしま)を生んだ。これも子の数には入れなかった。讃め言葉⇒⇒⇒
14 大八洲  そこで二神は相談して、
「今私たちが生んだ子はよくなかった。やはり天つ神のところに申し上げるべきだろう」と言って、ともに参上し、天つ神の言葉を求めた。
 天つ神は命令をして太占(ふとまに)で占わせ、「女が先にしゃべったのがよくなかった。また帰り降ってあらためて言いなおせ」と告げた。
 そこで伊邪那岐と伊邪那美は帰り降り、ふたたび天の御柱を前とおなじように廻った。
「ああ、なんて美しい女だ」と言い、その後で伊邪那美が、「ああ、なんて美しい男でしょう」と言った。
伊邪那岐神と伊邪那美神の間
にできた島・神⇒⇒⇒
15 国生み六島
 そう言い終えてから交わり、生まれた子は淡路島である。次に伊予の二名島うを生んだ。次に隠岐の三子島を生み、次に筑紫島を生んだ。次に生んだのが壱岐島、その次が対馬。次に佐渡島を生み、そして大倭豊秋津島(おおやまととよあきづ)を生んだ。
 この八島を先に生んだことによって、日本のことを大八島国(おおやしまぐに)という。そうした後、帰る時に、吉備の児島をはじめとして六島を生んだ。
 伊邪那岐神・伊邪那美神の二神がともに生んだ島は全部で14島、ただし淤能碁呂島は生んだのではない。水蛭子と淡島も子の数に入らない。
神々の生成 16 大事忍男神  国を産み終えると、今度は二神は、大事忍男神(おおごとおしをのかみ)をはじめとして、さまざまな神々を生み落としてゆき、その神々もまたさらに神々を生み落としていった。
 ところが、火の神である火之迦具土神を生んだところで、伊邪那美神は陰部を焼かれて病に臥せってしまった。このとき嘔吐から生まれた神の名は金山毘古神と金山毘売神で、屎や尿からも神々が生まれていった。

伊邪那岐神と伊邪那美神の間
にできた島・神⇒⇒⇒
17E 大屋毘古神
18A 大綿津見神
18B 速秋津日子神
18C 速秋津比売神
27 火之迦具土神

伊邪耶)那岐命と伊邪(耶)那美命は天の浮橋に立ち、天の沼矛を使って国生みを行う。この絵では、伊耶那美命のお腹が大きく、仲睦まじく寄り添う

両神の前と崖の上には鶺鴒(せきれい)がいる。『日本書紀』には、鶺鴒の様子を見て両神が真似をする場面がある。両神は次々に国土と神を生み、最後に火の神を生んだ時、伊耶那美命はやけどがもとで命を落としてしまう。

28 金山毘古神

29 金山毘売神
35 泣沢女神
 そして伊邪那美神は、火の神を生んだことによってついになくなってしまった。
 伊邪那岐神・伊邪那美神の二神がともに生んだ神は35柱である。これらは伊邪那美神がまだ亡くなる前に生まれたものである。
  伊邪那美神を失った伊邪那岐神は「愛しい私の妻の命を、たった一人の子にかえてしまうとは」と言って、その枕もとや足もとに這い伏して泣いた。
 そのとき、涙から成り出でた神は天の香具山のふもとの畝尾の木の下に鎮座する泣沢女神である。
 伊邪那岐神は、亡くなった伊邪那美神を出雲国と伯耆国の境にある比婆の山に葬った。そして帯びていた十拳剣を抜き、妻を死なせた息子である、火之迦具土神の首を斬った。
 
黄泉の国 45 八雷神
伊邪那美神の死体より化生した神⇒⇒⇒
伊邪那美神  
黄泉比良坂
46 黄泉醜女
 伊邪那岐は伊邪那美を追って黄泉国を訪れた。
 伊邪那美が御殿の戸から出迎えると、伊邪那岐は、「愛しいわが妻よ。私とおまえでつくった国は、まだつくり終わっていない。だから帰ろう」と言った。
 すると伊邪那美は、
 「早くお越しにならなかったのが残念です。私は黄泉戸喫(よもつへぐい)をしてしまいました。しかし、せっかく愛しい夫が来てくれましたので、帰ろうと思います。黄泉国の神と相談してみましょう。ただし、そのあいだは、決して私を見ないで下さい」と答えて、中に戻っていった。
 しかし、あまりの長さにとうとう待ちきれなくなった伊邪那岐は、左の角髪(みずら)に挿(さ)してある櫛の太い歯を一本折り取り、それを火に灯して中に入っていった。
 すると、伊邪那美のからだに蛆(うじ)がたかってむせび鳴き、その頭には大雷(おおいかづち)、胸には火雷(ほのいかづち)、腹には黒雷(くろいかづち)、陰部には柝雷(さきいかづち)左手には若雷(わかいかづち)、右手には土雷、左足には鳴雷、右足には伏雷(ふしいかづち)、合わせて八種の雷神が成り出でていた。伊邪那岐はこれを見て恐れ、逃げて帰ろうとすると、伊邪那美は、
 「よくも恥をかかせたな」と言って、黄泉醜女に夫を追わせた。
 そこで伊邪那岐神が髪飾りの黒いかずらを取って投げ捨てると、葡萄(ぶどう)の実が生った。黄泉醜女がこれを拾って食べている間に伊邪那岐神は逃げたが、また追いかけてくる。そこで今度は右の角髪の櫛をとって投げ捨てると筍が生え、黄泉醜女がこれを食べている間に、ふたたび逃げた。
 しかし、伊邪那美神は、八雷神に黄泉国の軍勢をつけてまた追いかけさせた。伊邪那岐神は十拳剣で後を振り払いながら逃げ進み、ようやく黄泉比良坂の下にたどり着くと、坂の下に生っていた桃の実を取って投げつけた。すると、追っ手はことごとく逃げ帰っていった。
 ところが、最後に伊邪那美神が追いかけてきた。そこで伊邪那岐神は巨岩を黄泉比良坂に引きすえ、その岩を挟んで女神と向かい合った。そして各々が別離の言葉を交わすと、伊邪那美神は、
「愛しい夫がそのようにするならば、あなたの国の人々を、一日に千人絞めころしましょう」と言い、伊邪那岐神は、
「愛しい妻よ、おまえがそうするならば、私は一日に千五百人の産屋を建てよう」と応えた。
 このようなわけで、この世では一日にかならず千人が死に、かならず千五百人が生まれるのである。


身禊(みそぎ) 50A 衝立船戸神  黄泉国から逃れてきた伊邪那岐は、「私はなんと恐ろしい、穢れた国を訪れてしまったのだ。これは禊をするべきだろう」と言って、筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原を訪れて禊祓(みそぎはらい)をした。
 このとき、投げ捨てた杖から生まれた神の名は、衝立船戸神である。次に投げ捨てた帯から生まれた神の名は、道之長乳歯神で、伊邪那岐が身についていたものを投げ捨てると、そこから次々に神々が生まれていった。
 そして瀬の中に入って、からだの穢れを洗い清めると、八十禍津日神大禍津日神が生まれた。この二柱の神は、穢れのはげしい黄泉の国を訪れたときに触れた穢れによって生まれた神である。そこで次に、この凶事をもとのようになおそうとして生まれた神の名は、神直毘神大直毘神伊豆能売神の三神であえう。
 このようにして、次々に神々がまた生まれていった。
禊のときに化生した神⇒⇒⇒
江田神社
50B 道之長乳歯神
51A 八十禍津日神
51B 大禍津日神
52A 神直毘神
52B 大直毘神
52C 伊豆能売神
53A 底津綿津見神
53B 中津綿津見神
53C 上津綿津見神
54A 底筒之男命
54B 中筒之男命
54C 上筒之男命
55 天照大神
56 月読神(命)
57 素戔嗚尊
 そして、左の目を洗ったときに成り出でた神の名は天照大神、次に右の目を洗ったときに成り出でた神の名は月読神、次に鼻を洗ったときに成り出でた神の名は素戔嗚尊である。
 伊邪那岐は大いに喜んで「私は多くの子を生みつづけて、最後に三柱の貴い子を得た」と言って首飾りを天照大御神に与え、
「おまえは高天原を治めなさい」と申しつけた。その首飾りの玉の名を御倉板拳之神(みくらたなの)という。
次に月読命には、
「おまえは夜之食国を治めなさい」と申しつけた。
次に素戔嗚尊には、
「おまえは海原を治めなさい」と申しつけた。
 ところが、素戔嗚尊だけは命じられた国を治めず、長い髭が胸もとに届くようになってもまだ泣きわめいていた。その様子は、青山が枯山のようになるほど激しく、河や海の水をことごとく吸い取って干してしまうほどであった。そのため、悪しき神のたてる物音が夏の蝿のように満ちあふれ、あらゆる災いがいたるところで起こった。
 そこで伊邪那岐神が素戔嗚尊に、
「どうしておまえは国を治めず、泣きわめいているのだ」と問うと、素戔嗚尊は、
「亡き母神のいる根之堅州国(ねのかたす)に参りたいと思って、ないているのです」と答えた。
すると伊邪那岐神はひどく怒り、
「ならば、おまえはこの国に住んではならない」と言って、素戔嗚尊を追い払ってしまった。
天照大神と
素戔嗚尊の誓約(うけい)
58A 奥津島比売命  父神の伊邪那岐大御神に逐われた素戔嗚尊が「ならば姉上の天照大御神に申し上げててから、母の国に向かおう」といって天に参り上がると、山や川がことごとく轟き、国土がみな揺れ動いた。
 天照大御神はこれをお聞いて驚き、
「弟が上ってくるのは、きっとよい心からではないだろう。わが国を奪をうと思っているに違いない」と言って、髪をほどいて角髪(みずら)に束ねた。そして左右の角髪にも、また髪飾りのかずらにも、また左右の手にも、それぞれ大きな勾玉(まがたま)を連ねた球飾りを巻きつけ、背には千本の矢が入る靫を背負い、脇腹には五百本の矢が入る靫をつけ、また左手首には高鞆をつけ、弓を振り立て、堅い地面が両脇につくほど深く踏み込み、淡雪のように土を蹴散らして、威勢のよい雄叫びあげて待ちかまえ、
「どうして上がってきた」と尋ねた。

58B 市寸島比売命
58C 多岐津比売命
59A 正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命
59B 天之菩卑能命
59C 天津日子根命
59D 活津日子根命
59E 熊野久須毘命

父の伊耶那岐命らから追放された須佐之男命龜速

須佐男命は、根之堅州国へ向う途中、姉の天照大

神(天照大御神)に会いに高天原へ昇る。そのとき

山や川が揺れ騒いだため、天照大御神は不審に思い武装した。二人の間の不穏な空気が、雲や波の表現から伝わってくるようだ。驚いた建速須佐之男命は、姉に邪心などないことを説明する。

松本楓湖 、幕末から大正にかけて活躍した日本画家。『前賢故実』の著者である菊池容斎に師事し、多くの歴史画を描いた。

 すると素戔嗚尊は、
「あなたに背く気などありません。ただ父の伊邪那岐大御神が、私が泣きわめく理由を尋ねられたので、母の国に行きたいと思って泣いていると申し上げたのです。すると伊邪那岐大御神は、おまえはこの国にいるべきではないと言って、私を追放になさりました。そこで、去るまえに姉上にひと言ごあいさつ申し上げようと思って参ったのです。それ以外の心はありません」と言った。
 天照大御神が
「ならばおまえの心の清く明るいことをどうやって明かすのか」と問うと、素戔嗚尊は
「それぞれ宇気比(うけい)をして子を生みましょう」と答えた。
 そこで、二神はそれぞれ天の安河原をはさんで宇気比をした。
 天照大御神がまず、素戔嗚尊が帯びていた十拳剣(とつかのつるぎ)を受け取って三つに打ち折り、玉の緒をゆらゆらと揺らしながら天の真名井の水で洗い清め、噛みに噛んで、吹き出した。
 この息の霧から成り出でた神の名は奥津島比売命(おきつしまひめのみこと)、次に成り出でた神の名は市寸島比売命、次に成り出でた神の名は多岐津比売命で、あわせて三柱の神が生まれた。
 また素戔嗚尊は、天照大御神が左の角髪に巻いていた大きな勾玉を連ねた球飾りをもらい受けて、それをゆらゆらと揺らしながら天の真名井の水で洗い清め、噛みに噛んで、吹き出した。その息の霧から成り出でた神の名は正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命である。
 また、右の角髪に巻いていた玉をもらい受け、噛みに噛んで、吹き出した息の霧から成り出でた神の名は天之菩卑能命。
 また、髪飾りの鬘からに巻いていた玉をもらい受け、噛みに噛んで、吹き出した息の霧から成り出でた神の名は天津日子根命、左手の玉から活津日子根命、右手の玉から、熊野久須毘命、あわせて五柱である。
 そこで、天照大御神は素戔嗚尊に、「後に生まれた五柱の男の神は、私の玉飾りから成り出でたので、私の子です。先に生まれた三柱の女の神は、おまえの剣から成り出でたので、おまえの子です」と告げた。
 このときの、先に生まれた神である奥津島比売命は筑紫の宗像の沖津宮に、市寸島比売命は宗像の中津宮に、多岐津比売命は宗像の辺津宮に鎮座している。  

 すると素戔嗚尊は天照大御神に、私の心が清く明るいので、私の生んだ子はかよわい女なのです。宇気比の結果がこうなったことからすれば、当然私がかったのです」と言い、それをいいことに天照大御神が営んでいる田の畔を壊し、その溝を埋め、また、新嘗祭を行う神殿に糞をまき散らした。けれども、天照大御神はそれをとがめず、
「糞に見えるのは、酒に酔って吐き散らされたものでしょう。田の畔を壊して溝を埋めたのは、畦も耕せば田となると、土地を惜しんでのことでしょう」とかばって、悪いようにはとらなかった。
 けれども、素戔嗚尊の悪行はますます激しくなった。
 天照大御神が穢れを忌む機屋にいて、服織女に神の衣を織らせていると、素戔嗚尊はその機屋の屋根に穴を開け、天の斑馬を尻のほうから皮を剥いで落とし入れたのだった。
 これを見て驚いた服織女は、梭で陰部を刺して死んでしまった。
天の石屋戸 61 思兼神  天照大御神は素戔嗚尊の横暴で織女が死んでしまったのを見て恐ろしくなり、天の石戸を開けて、そこに引きこもってしまった。
 すると高天原は真っ暗になり、葦原中つ国もことごとく闇に包まれ、夜ばかりがつづいた。そのため、悪しき神のたてる物音が夏の蝿のように満あふれ、あらゆる災いがいたるところで起こった。
このありさまを見た八百万の神々は、天の安河原に集まって、高御産巣日神の子思兼神
にどうすればいいか考えさせた。
天安河原
62 天津麻羅
63 伊斯許理度売命
64 玉祖命
65 天児屋命
66 布刀玉命
67 天手力男命
68 天宇受売命

須佐男命の追放

 須佐男命薙速須佐之男命)の乱暴狼藉に心を痛め

た姉の天照大御神は天の石屋に閉じこもってしまい

世界は闇に包まれる。その後天照大御神は石屋から出てくるが、建速須佐之男命は神々に手足の爪や髭を切られ、高天原から追放された。


河鍋暁斎 明治11年(1878)
 すると思兼神は、常世国の長鳴鳥を集めて鳴かせ、天の安河原の川上にある堅い石を取り、鉱山の鉄を取って、鍛冶師の天津麻羅を探しだし、伊斯許理度売命を呼び、二人に鏡をつくらせた。
 次に玉祖命に命じて大きな勾玉を連れた玉飾りをつくらせた。
 次に天児屋命布刀玉命を呼んで、天の香具山の朱桜を取り、占いをさせてから、天の香具山のよく繁った榊を根ごと掘り出し、上のほうの枝には玉飾りを取り付け、中ほどの枝には鏡を飾り、下の方の枝には白い幣と青い幣を垂らした。
 この種々の物を、布刀玉命が尊い供え物として取り持ち、天児屋命が尊い祝詞を唱えた。
 次に天手力男命が天の石屋戸の脇に隠れて立ち、天宇受売命は天の香具山の日陰蔓をたすきにかけて、真拆葛を髪飾りにして、天の香具山の笹の葉を束ねて持ち、天の石屋戸の前に桶を伏せて踏み轟かし、神がかりをして胸乳をさらけ出し、服の紐を陰部まで押し下げた。
 すると高天原がどよめき、八百万の神々がともに笑った。
 天照大御神はこの騒ぎを奇妙に思い、天の石屋戸を細めに開けて中から、
「私がここにこもっているので高天原はおのずと暗くなり、葦原中国もすべて闇におおわれているはずなのに、どうして天宇受売命が踊り、八百万の神々がみな笑っているのか」と尋ねられた。すると天宇受売命が
「あなたさまに勝る貴い神がおいでになるので、喜び笑って踊っているのです」と答えた。
 こう言っている間に、天児屋命と布刀玉命が鏡を差し出して天照大御神に見せると、天照大御神はいよいよ奇妙に思って、ゆっくりと戸から出てそれをのぞきこんだ。そのとき、隠れ立っていた天手力男命が大御神の手を取って引きずり出し、布刀玉命がしめ縄をその後ろに引きわたして、
「これより中にもどってはなりません」と言った。 天照大御神が外にでてくると、高天原も葦原中国も日に照らされて明るくなった。 
 
 天宇受売命が踊った時、手に持っていた笹は「七本竹」と呼ばれるようになり、毎年七本生え、七本枯れるという伝承をもつ。
天照大御神が隠れている天の石屋の前で、受売命が衣の前をはだけ、肌もあらわに踊っている

(「天宇受売命の踊り」)。

 

石屋から現れた天照大御神の
姿から光が発し、石屋の上では白い鶏
が鳴き声をあげる。
天照大御神が二度と姿を隠さ

ないように、手カ男命(天手力男神)が石屋の重い岩の扉を投げ捨て(「手力男命岩戸開き」)、布

刀玉命がしめ縄を大御神の後ろに懸け渡そうとしている。

  
素戔嗚尊蚕と
穀物の種


















 天の石屋戸を開けた八百万の神々は相談して、天照大御神を石屋戸にこもらせた素戔嗚尊に罪を償わせるために、たくさんの贖罪の品物を出させ、また髭を切り、手足の爪を抜いて、高天原から追い払ってしまった。
 追い払われてさまよっているとき、素戔嗚尊は食物を大気津比売神に所望した。
すると大気津比売神は、鼻や口、尻からさまざまな美味な食材を取り出し、さまざまに調理して素戔嗚尊に差し上げた。
 だが、素戔嗚尊はその料理のさまをのぞきみて、大気津比売神が汚して献上したのだと思いこみ、大気津比売神をころしてし、まった。
 するところされた大気津比売神の頭には蚕が、二つの目には稲の種が、二つの耳には粟が、鼻には小豆が、陰部には麦が、尻には大豆が生った。
 このようなわけで、神々の祖神である神産巣日神がこれらを素戔嗚尊の手に取らせ、あらためて授けて五穀の種とさせたのである。


八俣大蛇
69A 足名椎命  高天原を追い払われた素戔嗚尊は、出雲国の肥河の川上の、鳥川という地に降りた。
 このとき、橋が川を流れ下ってきた。素戔嗚尊は川上に人がいると思い、尋ね求めて進むと、老人と老女が、童女をはさんで泣いていた。
素戔嗚尊(建速須佐之男神)の妻・子⇒⇒⇒素戔嗚尊
69B 手名椎命
70 櫛名田比売命
 そこで、素戔嗚尊が「おまえはたちは誰か」と尋ねると、老人は、
 「私は国つ神で、大山津見神の子です。名は足名椎といい、妻の名は手名椎といい、娘の名は櫛名田比売といいます」と答えた。
 「どうして泣いているのか」と尋ねると、老人は、
「私には娘が八人いましたが、あの高志の八俣の大蛇が毎年やって来て喰べてしまうのです。今また、その大蛇が来る日が近づいてきたので、泣いているのです」と答えた。
 そこで、「その山俣の大蛇はどんな姿をしているのか」と尋ねると、老人は、
「その目はホオズキのように赤く、ひとつのからだに八つの頭、八つの尾があります。また、そのからだには苔や檜が生え、その長さは八つの谷、八つの峰にわたり、腹を見れば、いつも一面に血が滲み滴っています」と答えた。
 そこで素戔嗚尊が、
「おまえの娘の櫛名田比売を私にくれないだろうか」と頼むと、老人は、
「畏れ多いことですが、まだあなたのお名前を存じません」と答えた。
「私は天照大御神の弟で、たった今、天から降りてきたところだ」と素戔嗚尊が答えると、足名椎神・手名椎神は、
「それは畏れ多いことです。それでは娘を差し上げましょう」と答えた。

 すると素戔嗚尊はその童女を櫛に変え、角髪に挿し、足名椎命・手名椎命に、「おまえたちは八度醸した強い酒をつくり、垣根をつくり廻らして、垣根に八つの門をつくり、それらの門に八つの桟敷ごとに酒器ごとにその八度醸した酒を満たして待ちなさい」と告げた。
 そこで、その通りにして待っていると、八俣の大蛇が老人の言葉通りの姿でやってきて、酒器ごとに八つの頭を垂れ入れて、酒を飲んだ。
 すると八俣の大蛇はたちまち酔ってしまい、それぞれの門に首をいれたまま、眠ってしまった。
 それを待っていた素戔嗚尊が十拳剣を抜いて大蛇を斬り刻むと、肥河の水が血で真っ赤になってしまった。そこでなかほどの尾を斬ると、刀の刃が欠けてしまった。
 奇妙に思って剣先で尾を割って見てみると、中から大刀が現れた。そこでこの大刀を取り、不思議な物だと思って天照大御神に伝えて献上した。これが草薙の大刀である。


 素戔嗚尊が、8つの頭を持つ恐ろしい八岐(俣)

の大蛇に立ち向っている。高天原を追放された素戔嗚尊が出雲国の肥の河上に来た時、泣き悲しむ老夫婦と娘の櫛名田比売に出会った。八俣の大蛇が8人の姉妹を毎年1人ずつ食い、ついに最後の櫛名田比売を襲おうとしていた。素戔嗚尊は八俣の大蛇に酒を飲ませて酔わせ、十拳剣で切り刻んで退治したのである。

大国主命
 大年神の系譜
72A 八島士奴美神  さて、八俣の大蛇を退治して櫛名田比売をもらい受けた素戔嗚尊は、妻のための宮を造る地を出雲国に探した。そして、須賀の地にたどり着いたとき、
「この地に来て、わが心は清々しい」と言って、そこに宮を造って鎮座した。それでそこを須賀という。大神がはじめて須賀宮を造ったとき、その地から雲が立ち昇った。そのとき大神は喜びのあまり歌を詠んだ。
 八雲立つ出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を
 そうして、足名椎命を呼んで、
「おまえを私の宮の首長に任じよう」と告げて、稲田宮主須賀之八耳神と名づけた。
 そこで素戔嗚尊は櫛名田比売と寝所で交わり、生まれた神の名は、八島士奴美神である。
また、大山津見神の娘、神大市比売命を娶って生んだ子は大年神である。次に宇迦之御魂神。
その兄の八島士奴美神が、大山津見神の娘、木花知流比売命を娶って生んだ子は布波能母遅久奴須奴神。
 この神が淤迦美神の娘、日河比売命を娶って生んだ子は深淵之水夜礼花神。
 この神が天之都度閇知泥神を娶って生んだ子は淤美豆奴神。この神が布怒豆怒神の娘、布帝耳神を娶って生んだ子は天之冬衣神。
 この神が刺国大神の娘、刺国若比売命を娶って生んだ子は大国主神。
72B 木花知流比売命
73 神大市比売命
74 大年神
75 宇迦之御魂神
76A 布波能母遅久奴須奴神
76B 日河比売命
77A 深淵之水夜礼花神
77B 天之都度閇知泥神
78A 淤美豆奴神
78B 布怒豆怒神
78C 布帝耳神
79A 天之冬衣神
79B 刺国大神
79C 刺国若比売命
80 大国主命
81 八十神
大国主命
 兎と鰐
82 白兎神
83 八上比売命
 大国主命には大勢の兄弟神がいた。
 この兄弟の八十神がみな、国をすべて大国主命に譲っているが、それにはこんないわれがある。
 あるとき、八十神がみな、因幡国の八上比売命と結婚したいと願って因幡に向った。そのとき、大穴牟遅神(大国主命)に袋を背負わせ、従者として連れていった。
 気多の岬までやってくると、そこに一匹の丸裸の兎が伏せっている。そこで八十神が、
「海水を浴びて山の上にのぼり、風にあたって寝るといい」と言い、菟はその通りにした。ところが、海水が乾くにつれて皮膚が風んい吹かれてひからびてしまい、菟は痛みのあまり苦しんで泣き伏した。
 するとそこへ大穴牟遅が通りかかり、
「なぜ泣いているのか」と尋ねると、菟はこう答えた。
「私は隠岐島にいてこの地に渡ろうとしたのですが、そのとき海の鮫をだまして、「仲間の数を競いませんか。あなたの仲間をいるだけ集めてこの島から気多の岬まで、一列になって並びなさい。私がその上を走りながら数えるので、私とあなたの仲間のどちらが多いか、わかるでしょう」と言ったのです。そして鮫の列の上を渡っていざ岸に下りようとしたとき、『おまえはだまされたんだよ』と言うと、一番端にいた鮫が私を捕えて服をすっかりはいでしまったのです。それを嘆き悲しんでいると、通りかかった八十神が『海水を浴びて風に当たって伏せっているといい』と教えてくれ、その通りにしてみると、私のからだは傷だらけになってしまったのです」
 すると大穴牟遅神は、
「すぐに河口に行って真水でからだを洗いなさい。そして、蒲の花粉を採ってきて敷き散らし、その上をころがりまわりなさい。そうすれば、必ず皮膚は治るだろう」と教えた。
 菟がその通りにすると、からだはもとどおりになった。これが因幡の素兎である。菟は大穴牟遅神に、「あなたは袋を背負って卑しい役目を負っていますが、きっと八上比売を得ることでしょう」と告げた。


大国主命
 蛤貝比売と蚶貝比売
84 蛤貝比売・蚶貝比売 大国主命妻・父・母・子⇒⇒⇒
 さて、八上比売は、求婚にきた八十神に、
「私はあなたたちの言うことは聞きません。私は大穴牟遅神と結婚します」と答えた。
 これを聞いた八十神は、怒りのあまり大穴牟遅神をころそうと謀り、伯耆国の手間山のふもとに着くと、大穴牟遅神に、
「おれたちが赤い猪を山から追い落とすから、おまえはそれを待ちかまえて捕まえろ」と言いながら、火で焼いた大石をころがり落とした。焼石を捕まえた大穴牟遅神は、たちまち焼け死んでしまった。
 これを見た母親の刺国若比売命は嘆き悲しみ、高天原に上がって神産巣日神に頼んで蛤貝比売と蚶貝比売を遣わしてもらった。そして彼女たちが貝からつくった治療薬を大穴牟遅神のからだに塗ると、大穴牟遅神が元気によみがえった。
大国主命
 根の堅州国
85 須勢比売命 根の堅州国
 地の底にあるとされる異郷である。黄泉の国と出入り口を同じくするが、黄泉の国とは異質の世界といわれている。









大国主命妻・父・母・子⇒⇒⇒

黄泉比良坂



天の詔琴
 琴は神を招きよせて神託を聞くさいに必要なもの。
 八十神は大穴牟遅神を欺いて山に連れ込み、木の割れ目にはめこみ、はさみころしてしまった。母神はこれを嘆き、大穴牟遅神を見つけて木を裂いて取り出して再び生き返らせた。そして子の身を案じた母神は、紀伊国の大屋毘古神のもとへ大穴牟遅神を遣わした。
 ところが八十神がここへも追い駆けて来たので、大屋毘古神は大穴牟遅神に、
素戔嗚尊がいる根の国堅州に行きなさい。きっとその大神ががはからってくれることでしょう。」と言った。
 そこで大穴牟遅神が素戔嗚尊のもとにおもむくと、娘の須勢比売命があらわれ、目を合わせると二神はたちまち契りを交わした。
 須勢比売命は家に帰ると父親の素戔嗚尊は、
「とても麗しい神様がいらしゃいおました」と言ったが、大神は外に出て大穴牟遅神を見ると、
「こいつは葦原色許男だ」と言って、家の中の蛇の部屋に寝かせた。
 すると須勢理毘売は蛇を払う呪力がある比礼を夫の大穴牟遅神に授け、
「蛇が噛みつこうとしたら、この比礼を振って打ち払いなさい」と教え、その通りにすると蛇は自然とおとなしくなった。
「明くる日はムカデと蜂の部屋に入れられたが、ここでも大穴牟遅神は妻から授かった比礼のおかげで無事に出ることができた。
 ところが、投げ込まれた矢を拾おうと大穴牟遅神が野原に入ると、素戔嗚尊はすぐに火を放って野原を炎でか囲んだ。大穴牟遅神が困っていると、鼠が来て、
「中はからっぽ、外はすぼまっている」と不思議なことを言う。そこで大穴牟遅神がその場所を踏むと、穴に落ち、その上を火が燃え過ぎて行った。やがて鼠が矢をくわえてきて、大穴牟遅神にそれを奉った。
 素戔嗚尊は大穴牟遅神は死んだと思って野原に立ったが、大穴牟遅神が穴から姿をあらわして矢を大神に奉った。

 そこで素戔嗚尊は彼を家の中に連れ込んで、頭のシラミを取るように命じた。素戔嗚尊が安心して眠ってしまうと、大穴牟遅神はそのすきに大神の髪をつかんで部屋の垂木に結びつけ、大きな岩でその部屋をふさぎ、素戔嗚尊を背負い、大神の大刀と弓矢、それに天の詔琴を持って逃げだした。
 気がついた大神は二神を追いかけたが、黄泉比良坂までくると、遠くの二神を望み見て呼ばわった。
「おまえは、その大刀と弓矢で八十神を追い払い、大国主神となり、宇都志国玉神となり、わが娘の須勢理毘売を妻とし、出雲の宇迦の山の麓に荘麗な宮殿を築いて、そこに住め。こやつよ」
八千矛神の歌物語 87 沼河比売命
 また、八千矛神(大穴牟遅神)は、高志国の沼河比売命を妻にしようと出かけて行ったことがあった。
 そして比売の家の前に着くと、その気持ちを歌にしてこう伝えた。
 八千矛神(大穴牟遅神)は、高志国の沼河比売命を妻にしようと出かけて行ったことがあった。そして、比売の家の前に着くと、その気持ちを歌にしてこう伝えた。
八千矛の神は、こんなに広い国を治めていても、ひとりの妻を手に入れることが出来ない。そこへ、はるか遠い高志国に麗しい女がいると聞きつけたので、こうして求婚に通っているのだ。しかし、いまいましいことに、雉が鳴き騒ぎ、鶏が夜明けを告げて鳴いている。
 すると、沼河比売命は戸を閉ざしまま、その気持ちを歌にしてこう伝えた。
 八千矛の神よ、私も女ですからいつも男の方を求めております。今はきままにふるまっていますが、いずれあなたのものとなりましょうから、どうか鳥をころしたりしないで下さい。日が沈んで夜になれば、私の美しい手を枕にし、からだをのばしてお休みになってかまいませんから、むやみに恋い焦がれなさいますな。
 そこおで二神はその夜は会わず、明くる日の夜に会って契りを交わした。
 さて、大穴牟遅神の正妻の須勢理毘売はとても嫉妬深く、夫はそれに困り果てて出雲から大和国に上がろうとした。そして、旅装を整え、手を馬の鞍にかけ、足を鐙に踏み入れると、こう歌った。
 いとしい妻よ、私が従者たちと共に行ってしまったら、山中の一本の薄のように、おまえは泣くことだろう。その嘆きの吐息は霧となるだろう
 すると、須勢理毘売は盃を夫に捧げてこう歌った。
 八千矛の神よ、わが大国主よ、あなたは男ですから、行く先々に妻をお持ちでしょう。でも私は女ですから、あなたのほか男はおりません。どうか私の美しい手を枕にして、からだをのばしてお休みになって下さい。さあ、このお酒を召し上がれ。
 こうして二神は酒を酌み交わし、おたがに手をかけあい、今にいたるまで仲良く宮に鎮座されている。
大国主命
 少名毘古那神
101 少名毘古那神
 大己貴神が出雲の美保(みほ)の御埼においでになった時に、波の上を蔓芋のさやを割って船にして蛾の皮をそっくりはいで着物にして寄って来る神様があります。その名を聞きましたけれども答えません。また御従者(おとも)の神たちにお尋ねになったけれども皆知りませんでした。ところがひきがえるが言うことには、「これは久延毘古(くえびこ)がきっと知っているでしょう」と申しましたから、その久延毘古を呼んでお尋ねになると、「これは神産巣日神(かむむすひ)の神の御子で少名毘古那神です」と申しました。よって神産巣日の神に申し上げたところ、「ほんとうにわたしの子だ。子どものなかでもわたしの手の股からこぼれ落ちた子どもです。あなたは葦原色許男命(大己貴神)と兄弟となってこの国を作り堅めなさい」と仰せられました。それでそれから大国主と少名毘古那神とお二人が並んでこの国を作り堅めたのです。その仕事がかなりの程度まで進んだある日、少名毘古那の神は、海のあちらへ渡って行ってしまいました。
大国主命
 御諸の山の神

三輪山
大物主
大神神社
 大己貴神少名毘古那神の国作りがほぼ完成に近づいたと思われる時、少名毘古那神は来たときと同じように忽然と、海の彼方に去ってしまった。そこで大己貴神は「私ひとりではどのようにしてこの国を作り得ましょう。どの神様と一緒にわたしはこの国を作りましょうか」と仰せられました。この時に海上を照らして寄って来る神様があります。この神の仰せられことには、「私に対してよくお祭をしたら、私が一緒なって国を作りましょう。そうしなければ国はできにくいでしょう」と仰られました。そこで大己貴神が「それではあなたは誰か」と尋ねると、私はあなたの幸魂奇魂(さきみたま・くしみたま)であると答えたという。「それならどのようにしてお祭りを致しましょう」と申されましたら、「私を大和の国の青々と取り囲んでいる東の山の上にお祭りなさい」と仰せられました。
 大国主神はこの言葉にしたがって、御諸山の上にこの神を祀った。
天照大神と大国主命
 天若日子
108B 天若日子
 高天原の天照大御神は、
「豊葦原水穂国はわが御子の正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命が治める国だ」と命じて、御子を天から降ろした。
 ところが、天之忍穂耳命は天の浮橋に立つと下界がひどく騒がしいことに気がついて、高天原の天照大御神のもとに戻ってしまった。
 そこで高御産巣日神と天照大御神は天の安河原に八百万の神々を集め、思兼神に対策を考えさせ、天之菩卑能命を遣わしたが、この神は大国主神に媚びへつらって、3年たってもかえってこなかった。

 そこで高御産巣日神と天照大御神が、八百万の神々の前で、天之菩卑能命がいつまでたっても戻ってこない。今度はどの神を遣わしたらいいだろうか」と尋ねると、思兼神が、
「天つ国玉神の子、天若日子を遣わすといいでしょう」と答えた。
 そこで、天若日子が弓と矢を授けられて、葦原中国に降ったが、この神はすぐぬ大国主命の娘の下照比売を娶り、この国を手に入れようと考えて、そのまま八年も戻らなかった。
高御産巣日神と天照大御神がふたたび、
「今度はどの神を遣わそうか」と悩んでいると、思兼神と八百万の神々が「鳴女(なきめ)という雉(きじ)を遣わしましょう」と言った。
 二神の命令を受けた鳴女は地に降り、天若日子の家の門にある桂の木に止まって、なぜ戻ってこないかという天つ神の言葉を伝えた。すると、天若日子は天つ神に授けられた弓と矢を手にして鳴女を射ころしてしまった。ところが、その矢は雉の胸を貫き、天の安の河原の河原にいる天照大御神と高御産巣日神のところまで届いた。高御産巣日神がその矢を取ってよく見ると、矢の羽根に血がついている。
「これは天若日子に与えた矢ではないか。もし天若日子に反逆の心があるなら、この矢に当たれ」
 高御産巣日神がそう言って矢を下界に投げ返したところ、寝ていた天若日子の胸に刺さり、この神は死んでしまった。これが返し矢のはじまりである。
 夫に死なれた下照比売な泣き声は、風に吹かれて天までとどいた。すると、天若日子の父である天津国玉神とその妻子はこの神の死を大いに嘆き悲しんで、下界に降って喪屋を造り、八日八晩死者を弔った。
 このとき、下照比売の兄である阿遅鉏高日子根神もやってきたが、天津国玉神たちは高日子根神を天若日子ととりまちがえ、その手足に取りすがって泣き悲しんだ。高日子根神はこれをひどく怒り、剣で喪屋を切り倒し、足で蹴飛ばして、飛び去ってしまった。
 
天照大神と大国主命
 国譲り














90 事代主神  天照大御神はふたたび、
「今度はどの神を遣わそうか」と問うと、思兼神と八百万の神々が答えた。
「天の安河の川上の天の石屋にいる伊都之尾羽張神を遣わすとよいでしょう」そこで天迦久神を遣わして伊都之尾羽張神を尋ねると、
「恐れ多いことですが、お仕えいたします。ただし、息子の建御雷神を遣わすといいでしょう」とこの神は言って息子を差し出した。

「五世紀の時点では、大国主命を守り神としてまつる地方豪族が多かった。自家と王家とは対等だと考えていた。六世紀はじめに王家が自家を地方豪族の上位におくために、天照大神を自家の祖先とした。国譲りによって、天照大神が大国主命の上位におかれた。そして天照大神に従う神々が「天神」、大国主命に従う神々が「天神」より格下の「国神」とされた。」
111































































建御名方神































































 こうして天照大御神は天鳥船神をつけて建御雷神を葦原中国に遣わした。
 この二神は出雲国の伊那佐の小浜に降り、を抜いて波頭にさかさまに突き刺し、剣の切っ先に座って大国主に、
 「天照大御神と高御産巣日神は、おまえが支配している葦原中国は、わが子が治める国だとおっしゃっている。おまえはどう思っているのだ」と告げた。
 すると大国主神が、
「私には答えられないので、息子の八重事代主神にこたえさせましょう。でもあいにく息子は狩と釣りのために美保の岬に出かけていて、ここにはおりません」と答えた。
 そこで、建御雷神は天鳥船神を遣わして八重事代主神を呼び寄せ、尋ねた。すると事代主神は父親の大国主神に向って、
「恐れ多いことです。この国は天つ神の御子に奉ります」と言った。
 そして、事代主神は逆手を打って乗ってきた船を青葉の柴垣に変え、その中に隠れてしまった。
 さらに建御雷神は大国主神に向って、事代主神はこの通りだが、「ほかに言いたいことのある息子はいるか」と尋ねた。
 大国主神が「もうひとり、建御名方神がおります」と答えていると、そこへその建御名方神が巨岩を手に捧げ持ってあらわれた。
「われらの国に来てこそこそ話しているのはいったい誰だ。さあ、力くらべをしようではないか」
 建御名方神はそう言って建御雷神の手を取ったが、その手はたちまち氷柱(つらら)となり、剣の刃と化した。これを見た建御名方神は恐れをなして後ずさった。そして今度は建御雷神が建御御名方神の手を、萌え出たばかりの葦を取るように、つかみつぶして投げ飛ばした。
 建御名方神は逃げ去ったが、建御雷神はこれを追いかけて、信濃国の諏訪の湖に追いこみころそうとした。すると建御名方神は命乞いをした。
 「この諏訪の地にとどまってほかにどこへも行きませんから、どうかころさないで下さい。父、大国主神の言葉にも、八重事代主神の言葉にも背きません。この葦原中つ国は天つ神の御子に奉りますから」 







 建御雷神はふたたび出雲に帰ってくると、大国主神に、
「おまえの子供の事代主神と建御御名方神は、天つ神の言葉に背かないと誓ったが、さあ、おまえはどうなのだ」と尋ねた。
 すると、大国主神はこう答えた。
「二神の言うとおり、私も背きません。この葦原中つ国はすべてさしあげます。ただひとつお願いがあります。天つ神の御子が皇位につく荘麗な御殿のような、立派な神殿を建てて下さいませんでしょうか。そうすれば、私は遠き幽界に隠れておりましょう。また、私にはたくさんの子供がおりますが、息子の八重事代主神が神々を統(す)べるならば、背く神もいないでしょう」
 大国主の言葉通り、出雲国の多木志の小浜に御殿が造られ、神々は祝福の言葉を唱えた。
 こうして建御雷神は高天原に戻り、葦原中つ国を平定したことを報告した。

天照大御神や高木神(高御産巣日神)から派遣された建御雷神らに葦原中国を譲るよう求められた大国主命が、これを受け入れ国を譲るところが描かれている。『日本書紀』によると、この時大国主神は天孫へ

広矛(ひろほこ)を捧げた。そして、大国主神は大きな神殿を作って隠れ住み、天へ酒食を捧げた。

 
天孫降臨


114 天津日高日子番能邇邇芸命  天照大神高御産巣日神正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命を召し出して、
「葦原中つ国なすっかり平定された。以前から言っているように、おまえが天から降ってかの地を治めなさい。」と言った。
 すると、天之忍穂耳命が降臨の準備をしているあいだに子の天津日高日子番能邇邇芸命が生まれ、天之忍穂耳命は、
「この子を降ろしてはどうでしょう」と言った。
天照大神と高御産巣日神は邇邇芸命に
「豊葦原水穂国は、おまえが治める国だ。さあ、天から降りなさい」と告げた。
天孫降臨に関係する神⇒⇒⇒
115 猿田毘古神
116 天石門別神
117A 手置帆負神
117B 彦狭知神
117C 天目一筒神
117D 天日鷲神
117E 櫛明玉神
118A 天忍日命
118B 天津久米命
 邇邇芸命が天から降ろうとするとき、八つ辻のところに、上は高天原を照らし、下は中つ国を照らしている神がいた。そこで天照大神と高御産巣日神は、天宇受売に命じた。
 おまえはかよわい女であるが、向き合う神には気おくれしない神だ。だからおまえが行って、わが御子が天降りする道にいるのは誰だ、と尋ねてみなさい。
 そこで天宇受売は立ちはだかった猿田毘古に胸乳を露わにして行って尋ねると、その神はこう答えた。
 「私は国つ神の猿田毘古です。なぜここにいるかといいますと、天つ神の御子が天降りすると聞いたので、その先導をしようと思って迎えに参ったのです」

天の分かれ道で

猿田毘古神と胸をあらわにした天宇受売命が問答する場面を描いている。
高天原から葦原中国を目ざ
す天孫降臨の一行の前に現れた猿田毘古神が何者なのかをたずねる役目は、「敵対する神に面と向ってにらみ勝つ」天宇受売命が果たすことになったのである。

 それから邇邇芸命は、天児屋命布刀玉命・天宇受売命・伊斯許理度売命玉祖命の五併緒(いつとものお)従えて、天降りした。そのとき、天照大御神はさらに八尺の勾玉(やさかのまがたま)・鏡・草薙剣の三種の神宝、それから常世思兼神天手力男命・天石門別神を従わせ、邇邇芸命に
「この鏡はもっぱら私の御魂として斎き祀りなさい。思兼神は神前のことをとりもって政をしなさい」と告げた。
 この鏡と思兼神は伊勢の五十鈴宮に斎き祀られている。
 次に登由宇気神は、外宮の渡相(わたらいあ)に鎮座する神である。次に天石門別神は、またの名を櫛石窓神といい、またの名を豊石窓神という。この神は宮廷の門を守護する。
次に天手力男命は佐那県に鎮座している。また、天児屋命は中臣連らの祖先であり、布刀玉命は忌部首らの祖先であり、天宇受売命は猿女君らの祖先であり、伊斯許理度売命は作鏡連らの祖先であり、玉祖命は玉祖連らの祖先である。
 さて、邇邇芸命は天照大御神と高御産巣日神の命によって、高天原の磐座を離れ、幾重にもたなびく雲を押しわけ、道を開き、天の浮橋を渡り、筑紫の日向の高千穂の霊峰に降り立った。このとき、天忍日命天津久米命の二人は天の石靫(いわゆぎ)を背負い、大刀を腰に下げ、弓と矢を手にして、天孫を導いた。
 そして邇邇芸命は、
「ここは韓国に面し、笠沙の岬に近く、朝日のじかに射す国、夕日の照り輝く国で、とてもよいところだ」と言った。
 そして邇邇芸命は太い柱を地に立て、千木(ちぎ)を天高くそびえさせる御殿を造ってそこに住まった。
 天照が三種の神宝は祭政・軍事・生産を表し、それを邇邇芸命に手渡して天降らせることによって、地上の王家は世界秩序の維持に必要な三つの機能のすべてを具備した、理想的な王家であることが表明されているという。
 邇邇芸命は天宇受売に
「私を先導した猿田毘古神は、その正体を明かしたおまえが送ってやれ。そして
神代三代






114 天津日高日子番能邇邇芸命  

 木花之佐久夜毘売命

 邇邇芸命は笠沙の岬で美しい乙女に出会った。邇邇芸命が「誰の娘か」と問うと、乙女は、
大山津見神の娘で木花之佐久夜毘売」といいます」と答えた。
 そして、「兄弟はいるのか」と問われると、
「姉に石長比売という者がいます」と答えた。
 さらに邇邇芸命が、「私はおまえと契りたいのだが、どうだ」と訊くと、木花之佐久夜毘売が、
「私ではなんとも答えられません。わが父、大山津見神がお答するでしょう」と答えた。
 そこで邇邇芸命が大山津見神に使いを送って娘を乞うと、大山津見神は非常によろこんで、姉の石長比売を添え、あまたの結納品を持たせて娘を差し上げた。
 ところが、石長比売は醜女だったので、邇邇芸命は恐れをなして送りかえし、妹の木花之佐久夜毘売命だけをとどめおいて、一夜の契りを交わしたのだった。
 一方、大山津見神は、石長比売が送りかえされてきたことをひどく恥じ入って、こう言った。
「私が娘二人を差し上げたのは、ゆえあってのことなのです。まず、石長比売を差し上げたのは、天つ神の御子の命が、雪が降り風が吹こうと、巌のようにいつまで揺るがないようにと考えたからです。そして、木花之佐久夜毘売命を差し上げたのは、木の花がはなやかに咲くように栄えて下さい、と宇気比したからなのです。ところが、石長比売は返され、木花之佐久夜毘売命だけがとどめおかれた。だから、天つ神御子の命は木の花のようにはかないものとなるでしょう」
 このために、今にいたるまで、天皇の寿命は長久ではないのである。



神代(日向)三代⇒⇒⇒



119A 石長比売命
119B 木花之佐久夜毘売命
120A 火照命
120B 火須勢理命
120C 火遠理命
121A 塩椎神
121B 佐比持神
122 豊玉毘売命
123 玉依毘売命
124 鵜葺草葺不合命
125A 五瀬命
125B 稲氷命
125C 御毛沼命

満開の桜の下にゆったりと坐る女神。山の神であ

る大山津見神の娘の木華開耶媛(木花之佐久夜毘

売)である。「木花」とは桜の花のこと。天照大御

神の孫の天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇々芸命((あめにきしくににきしあまつひたかひこほのににぎ)が地上に降り立った際に彼女と出会い、結婚した。

大山津見神は、天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇々芸命が木の花のように栄えるようにと木花之佐久夜毘売を捧げ、寿命が岩のように不動であるようにと石長比売を捧げるが、天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇々芸命は石長比売だけを帰してしまった。

そのため、天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能芸命の子孫の寿命は長久ではなくなってしまった。

125D 若御毛沼命
(初代天皇 神武天皇



 その後、木花之佐久夜毘売命が邇邇芸命の前に出て、
「私は身重になりましたが、この天つ神の御子はこっそり生むべきではありません。どうすればいいでしょうか」と言った。すると邇邇芸命は答えて言った。
「佐久夜毘売よ、たった一夜の交わりで身ごもったというにか。その子は私の子ではあるまい。きっと国つ神の子だ」
そこで木花之佐久夜毘売命は誓いの言葉をたてた。
「私が身ごもった子がもし国つ神の子であるならば、その子は無事には生まれない。もし天つ神の御子ならば、無事にうまれるでしょう」
こうして、木花之佐久夜毘売命は戸のない広い産殿を造り、その中に入って土で隙間を塗りふさぎ、いざ生まれようとしたときには産殿に火を放った。この火が燃えさかるときに生まれた子の名は火照命といい、次に生まれた子の名は火須勢理命、その次に生まれた子の名は火遠理命、またの名を天津日高日子穂穂手見命という。


 海幸彦と山幸彦



 火照命海幸彦として
大小さまざまな魚を捕り、火遠理命は山幸彦として大小さまざまな獣を獲っていた。
 あるとき、火遠理命が兄の火照命に、
「獲物をとる道具をおたがい交換しませんか」と願ったが、火照命はなかなか応じてくれなかった。
 幾度か頼んで、ようやく交換がかなったが、火遠理命が兄が使っている釣針を海に落としてなくしてしまった。そこで兄の火照命は、
「山さちも己がさちさち、海さちも己がさちさち。さあ、たがいに道具をもと通りに返そう」と迫ったが、火遠理命は、
「兄さんの釣針は、一匹の魚も釣れず、とうとう海の中になくしてしいました」と答えた。
そして火遠理命は腰に佩いていた剣を壊して五百本の釣針をつくって償ったが、兄はそれを受け取らずに、
「やはり、もとの釣針をかえしてもらおう」と言い迫った。
 火遠理命が海辺で嘆き悲しんでいると、塩椎神がやってきて、
「どうして泣いているのですか」と尋ねた。そこで火遠理命が答えて言った。
「私は兄と釣針を交換して、それをなくしてしまった。代わりに釣針をたくさんつくって償ったのですが、兄はもとの釣針をよこせといって受け取ってくれない。それで嘆き悲しんでいるのです」
これを聞いた塩椎神は、いい考えがあると言って、竹で編んだ小舟を造り、火遠理命を乗せてこう教えた。
「私がこの舟を押し流したら、しばらくそのまま行きなさい。きっとよい潮路があるでしょう。そのまま潮路に乗ってゆけば、魚の鱗のように棟が並び建つ宮殿が見えますが、それが綿津見神の宮です。宮殿の門に着いたら、かたわらの泉のほとりにある桂の木に登りなさい。そうすれば、海の神の娘があなたを見つけて相談にのってくれるはずです」
 教えの通りに、火遠理命が大綿津見神の宮に着き、桂の木に登って待っていると、海の神の娘・豊玉毘売命の侍女が水を汲みに器を持って現れ、火遠理命の姿に気がついた。火遠理命が、「水が欲しい」と言うので、侍女は器に水をいれて差し上げたが、火遠理命は水を飲まずに首飾りの玉を緒からはずして口に含み、器の中に吐き入れた。侍女から玉のついた器をわたされて、その器をめぐる顛末を聞いた豊玉毘売命が、不思議に思って外に出てみると、火遠理命を一目見て恋慕い、たちまち契りを交わした。そして父親に、
「門のところに美しい男の形がいます」と告げると、海の神はその男を見るや、


「この方は天津日高の御子、虚空津日高だ」と言って宮殿に招き、丁重にもてなして娘の豊玉毘売命を娶らせた。
 こうして火遠理命は三年のあいだ、豊玉毘売命とともに海の宮で暮らした。



 ところがある日、火遠理命は、兄の釣針をなくしたことを思い出して、大きくため息をついた。このため息を耳にした豊玉毘売命は、心配して父の神にこのこを伝え、父の大神が婿に尋ねると、火遠理命は、なくしてしまった釣針を兄が返せと厳しく責め立てた経緯をつぶさに話した。これを聞いた海の神は、海の魚を集めて、「このなかにその釣針をとっている魚はいないか」と訊いた。すると諸々の魚が、
「このごろ、赤鯛が喉にとげが刺さって物も食べられないと嘆いています。きっとそれでしょう」と答えた。
  そこで赤鯛の喉を探ってみると、はたして釣針が見つかった。それを取り出して洗い清め、火遠理命にさしあげるとき、綿津見大神はこう伝えた。
「この釣針を兄に返すときは、呪言をとなえ後ろ向きになってわたしなさい。そして兄が高田につくるなら、あなたは下田をつくりなさい。兄が下田なら、高田をつくりなさい。私は水をつかさどっていますから、三年のあいだにはかならず兄は貧しくなるでしょう。もし兄が恨んで攻めてきたら、塩盈珠を取り出して溺れさせ、もし許しを乞うならば、塩乾珠を取り出して水を引かせるといいでしょう」
 こうして塩盈珠と塩乾珠を授かった火遠理命は、海の神に召し出された鮫に乗って、一日で海の宮から葦原中国に帰り着いた。
 火遠理命が海の神の教えのとおりに釣針を兄に返すと、火照命はしだいに貧しくなっていった。火照命は攻め立てたが、塩盈珠と塩乾珠によって火遠理命にあしらわれ、とうとう火照命は、
「私はこれからあなたの守護人となって
仕えます」といって頭を下げた。





 鵜葺草葺不合命

 あるとき、豊玉毘売命は夫の火遠理命のいる葦原中国に出向いて、言った。
「私はすでに身重となり、今まさに子を生もうとしています。でも、天つ神の御子は海原で生むべきでないと思ってここに出向いたのです」
 そして、海辺の渚に鵜の羽を屋根に用いて産屋を建て、まだ屋根の葺き終わらないうちにそこに入って子を生もうとした。そのとき豊玉毘売命は夫に、「私はもとの姿に戻って子を産みますから、どうかその姿を見ないで下さい」と告げた。
 しかし、この言葉を不思議に思った火遠理命は、ひそかに出産の様子をのぞき見た。すると、妻の豊玉毘売命は大鰐の姿となって這いのたうちまわっているではないか。火遠理命は驚き、恐れをなして逃げ出した。気がついた豊玉毘売命は生んだ御子をその場に残し、「なぜのぞき見たのですか」と言って、葦原中国との堺をふさいで、海神の国に帰ってしまった。このために、豊玉毘売命が生んだ子の名を、天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命というのである。
 鵜草葺不合命が叔母の玉依毘売命と契って生まれたのが五瀬命、稲氷命、御毛沼命、若御毛沼命で、若御毛沼命のまたの名が神倭伊波毘古命である。

火遠理命 豊玉毘売命・鵜葺草葺不合命 火遠理命 塩盈珠 火須勢理命 火須勢理命 火遠理命 豊玉毘売命 大綿津見神 火遠理命 豊玉毘売命 火遠理命 塩椎神 竹籠の小船 火遠理命 木花之佐久夜毘売命 火遠理命 火須勢理命 天津日高日子番能邇邇 木花之佐久夜毘売命 天太玉命 天児屋根命 事勝国勝長狭 天照大神 高御産巣日神  正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命 天津日高日子番能邇邇 猿田毘古神 天宇受売命 天手力男命 事代主神 鳥之石楠船神 建武雷之男神 建御名方神 鳥之石楠船神 建武雷之男神  大国主神 建御名方神 天迦久神 伊都之尾羽張神 天の安河原の川上 石屋 天若日子 下照比売 鳴女(なきめ)という雉 天佐具比売 高御産巣日神 天照大御神 思兼神 正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命 武三熊之大人(たけみくまのうし) 大己貴神 久延毘古(くえびこ) 久延毘古(くえびこ) 少名毘古那の神 ひきがえる 大穴牟遅神 大穴牟遅神 須勢比売命 素戔嗚尊 大刀と弓矢・天の詔琴 大刀と弓矢・天の詔琴 黄泉比良坂 大穴牟遅神 鼠 蛤貝比売・蚶貝比売 八十神 刺国若比売命 大穴牟遅神 天之冬衣神 八十神 八上比売 大穴牟遅神 八十神 素戔嗚尊 櫛名田比売命 八島士奴美神・木花知流比売命 大国主命・刺国若比売命・天之冬衣神 建御名方神・事代主神 八十神等 足名椎命 手名椎命 櫛名田比売命 八俣の大蛇 素戔嗚尊 大気津比売神 天宇受売命 天手力男命 布刀玉命 玉祖命 常世国の長鳴鳥 素戔嗚尊 服織女 素戔嗚尊 天照大神 奥津島比売命・市寸島比売命・多岐津比売命 正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命・天之菩卑能命・天津日子根命・活津日子根命・熊野久須毘命 天の安河原 伊邪那岐神 伊邪那岐神 天照大神 天照大神 月読神 月読神 素戔嗚尊 底津綿津見神 中筒之男命 中津綿津見神 大直毗神 大禍津日神 上筒之男命 奥疎神 奥津那芸佐毘古神 奥津甲斐弁羅神 辺津那芸佐毘古神 辺津甲斐弁羅神 辺疎神 伊豆能売神 上津綿津見神 伊邪那岐神 伊邪那美神 八雷神 黄泉比良坂 黄泉比良坂 黄泉比良坂 黄泉比良坂 伊邪那岐神 火之夜芸速男神 蛭子神 佐渡島  大島 小豆島 津島 筑紫島 大倭豊秋津島 伊豫之二名島 淡道之穂之狭別島 吉備児島 隠伎之三子島 伊邪那岐神 伊邪那美神 伊伎島  伊邪那美神 能碁呂島(おのごろじま) 伊邪那岐神 天の沼矛 天の沼矛 天の沼矛 天之御中主神 高御産巣日神 神産巣日神 宇麻志阿斯訶備比古遅神 天之常立神 伊邪那岐神  伊邪那美神









讃め言葉

 天父伊邪那岐神が地母伊邪那美神を讃め称え、地母がそれに満足して呼応し、両者の結婚の成立通じて豊かな国土が産出されるというのが、あらゆる国讃めの原型というべきもの。
 このような国讃めによる国土の誕生は、支配地としての国土の成立に際しても、神武をはじめとする天皇たちによって何度も繰り返されることになる。
 国讃めにおいては、天父あるいは支配者が地母を讃め称えることが、なによりも優先されなくてはならない。ところが国生みに失敗した伊邪那岐・伊邪那美の第一の発言では、地母の方が先に讃め言葉を発してしまっている。これでは国讃めが成立しない。この意味で発言の順序の間違いが国生み失敗の原因となったのである。
 神武天皇の誉め言葉⇒⇒⇒
 舒明天皇の讃め言葉⇒⇒⇒







蛭子