散策ポイント
町全体が江戸時代の面影を残し、人がその町で生活をしている奈良の今井町。
(重文)旧米谷家 | (重文)豊田家 | (重文)音村家 | (重文)高木家 | 今井まちや館 |
18世紀中頃の建物。 内部は5間取り。 煙返しが取り付けられ ている。 裏庭に蔵前座敷を付属 させた土蔵がある。 ボランティアガイド常駐。 無料公開。 |
1662(寛文2年)に建設。 屋根は入母屋本瓦葺、 2階正面壁に、 丸に木の字の紋がある。 二本の大黒柱、ふんだんに 木材を使っている。 |
17世紀後半の建物。 屋根は切妻本瓦葺平入。 主屋西北隅に2間続きの 「つのざしき」、西側に 「ざしき」がある。 西側道路に門を開き、 直接「ざしき」に通じる。 |
19世紀前半の建物。 切妻造本瓦葺平入、 つし2階でなく、 すべて天井が張られた 2階建で、幕末期の2階 の今井町上層民家。 |
18世紀初期の建物。 痕跡資料に基づき 当初の姿に復元された もの。 あげ戸やつし2階が見学 できる。 ボランティアガイド常駐。 無料公開。 |
(重文)今西家 | (重文)河合家 | 山尾家 | 奥田家 | 旧上田家 |
1650(慶安3年)に建 てられた。 惣年寄の筆頭で、領主、 代官の町方支配の 一翼を担った。 八つ棟造りは、 その役柄に相応した建物。 |
18世紀中頃に建てられ、 早い時期の2階建て町家。 屋根の東側は入母屋造、 西側は切妻造りの本瓦葺。 江戸時代創業の造り酒屋。 当時の店構えを今に残す。 2階に座敷がある。 |
18世紀後半に建てられ た。 主屋西側に内蔵を配し、 主屋の東側に隠居所、 東蔵が並んでいる。 2階は正面のみ 「つし2階」を設ける。 |
大工通りのほぼ中央 にある。 帳台構えの痕跡をもち、 18世紀の前半の建設と 考えられる。 外観はほぼ旧状通り に保ち、内部を巧みに 改造している。 |
名称が吉村家(旧上田家) から旧上田家(丸田家 住宅)に変更された。 1805(文化2年)の再建。 主屋の後方には、 隠居部屋、内蔵、倉庫、 作業場などが狭い 中庭を囲んで建っている。 |
(重文)中橋家 | (重文)上田家 | (重文)称念寺 | 華甍 | 順明寺 |
18後半に建てられた。 部屋は「みせのま」「ぶつま」 境を食違いとした6間取りで、 「ざしき」「だいどころ」境も、 壁で仕切られ、 書院風の飾りもなく、 古い商屋の特色がある。 |
1744(延亨元年)頃の建築 とみられる。 今西家、尾崎家とならび 惣年寄りを勤めた。 道路から半間後退し、 2階は低い。 間仕切り装置が多彩。 大戸口は「すりあげ戸」 奥の部屋は袖壁に戸を 引き込む帳台構えがある。 |
浄土真宗本願寺派 江戸時代初期に再建 された。 今井町は称念寺の 境内地として発達した 寺内町。 |
1903(明治36年)に 建てられた。 今井のまちなみと歴史 の紹介施設。 |
浄土真宗本願寺派 門・本堂・玄関客殿・ 庫裏・鐘楼・墓地がある。 今井北御堂と呼ばれ ている。 |
大工町筋 | 中町筋 | 本町筋 | 御堂筋 | 蓮妙寺 |
東の突当たりに西光寺 があり、蓮妙寺、 上田家がある。 |
電線の地中化がされて いる。 音村家、旧米谷がある。 |
電線の地中化がされて いる。 今西家が通りに西端に ある。 |
明治天皇が中尊坊通り から御堂筋を通り、 称念寺を行在所とされた 。 豊田家、中橋家がある。 |
日蓮宗 現在の本堂は、 日蓮聖人第700回 遠忌事業として、 檀信徒の丹誠により 昭和60年 に再建された。 |
中尊坊通 | 南尊坊通 | 北尊坊通 | 各門跡 | 旧環濠復元 |
明治天皇今井行在所を称 念寺にされたおり、 通られた。 高木家、河合家がある。 |
この通りには、山尾家、 吉村家があり、 突き当たりに巡妙寺がある。 |
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今井景観支援センター | 今井まちづくりセンター | 常福寺 | ||
中町筋生活広場 | 旧西町生活広場 | |||
防火水槽を埋設。 便所休息施設あり。 飛鳥の亀形石造物に 似ている。 |
防火水槽を埋設。 便所休息施設あり。 |