年 表

飛鳥時代 奈良時代 平安時代 鎌倉時代 (南北朝時代) 室町時代
安土・桃山時代 江戸時代 明治時代 大正時代 昭和  
時代 天皇 西暦 和暦 事項
      神武天皇      神日本磐余彦尊(のちの神武天皇)誕生 
前667    東征開始 
前663   香具山の土で厳瓮(いつへ・清浄な神酒いれる瓶)を作り丹生(にう)川上流で戦勝を祈願
饒速日命が帰順 
前660    神武天皇橿原宮にて即位
前585    神武天皇橿原宮で崩御 
  綏靖天皇   前581    綏靖天皇即位
葛城高丘宮に遷都
  前549     綏靖天皇崩御 
  安寧天皇   前549    安寧天皇即位
片塩浮孔宮 に遷都
  前510    安寧天皇崩御 
  懿徳天皇   前510    懿徳天皇即位
軽曲峡宮に遷都
  前477    懿徳天皇崩御 
  孝昭天皇   前475   孝昭天皇即位
掖上池心宮に遷都 
  前393    孝昭天皇崩御 
  孝安天皇 前392    孝安天皇即位
室秋津嶋宮に遷都 
    前291    孝安天皇崩御 
皇太子黒田廬戸宮に遷都
  孝霊天皇   前290   孝霊天皇即位 
  前215    孝霊天皇崩御
  孝元天皇   前214   孝元天皇即位
軽境原宮に遷都 
  前158    孝元天皇崩御 
  開化天皇   前158    開化天皇即位
春日率川に遷都 
  前98    開化天皇崩御 
  崇神天皇  前97   崇神天皇即位 
  前95   磯城瑞籬宮 に遷都
  前91    大田田根子を探し、大物主神を祀らせる 
  前88    武埴安彦(たけはにやすびこ)の反乱 
倭迹迹日百襲姫命、大物主の姿をみて、箸が陰部に刺さり亡くなる
  前30    崇神天皇崩御
  垂仁天皇  前29   垂仁天皇即位
纏向珠城宮
  前25   狭穂彦王(さほびこのみこ)謀反発覚、妹の皇后狭穂媛(さほびめ)とともに果てる 
  前23    野見宿祢当麻蹴速と相撲をとる
  前5    倭姫命天照大神の鎮座地を求めて伊勢国に至り、祠を立てる 
  前2    倭彦命の葬礼に際し、殉葬を禁止する 
  3    日葉酢媛命の陵墓に埴輪を立てる 
  57   倭奴国王、後漢の光武帝から「漢倭奴国王」の金印を受け取る。 
  61    田道間守(たじまもり)に命じて、常世国(とこよのくに)の非時香菓(ときじくのかくのみ)を求めさせる 
  70    垂仁天皇纏向珠城宮で崩御
  71    田道間守帰国、天皇の陵にて殉死
  景行天皇    71    景行天皇即位 
  74   纏向日代宮に遷都 
  97    日本武尊、熊襲を征討 
  107    倭の国王師升ら、後漢に入貢。生口献上 
  113    日本武尊、蝦夷征討の帰途、伊勢国にて薨(こう)じる 
  130    景行天皇志賀高穴穂宮にて崩御 
  成務天皇   131   成務天皇即位 
  147    子の頃より倭おおいに乱れる 
  184頃    倭国大乱し、卑弥呼「中平銘鉄刀」(東大寺山古墳出土)を授かる
邪馬台国の女王卑弥呼が登場 
  190   成務天皇崩御 
  仲哀天皇    192    仲哀天皇即位 
  193    (あな)(との)(とよ)()に滞在
  199    筑紫国橿日宮(かしひのみや)に滞在
  200    仲哀天皇神託を信用せず、崩御
神功皇后、神託を聞き、新羅を征討する 
皇后、新羅より帰り誉田別尊(ほんだわけ・のちの応神天皇)を生む
  神功皇后摂政      201    カゴサカの王(みこ)・忍熊王(おしくまのみこ)の反乱
神功皇后が皇太后として成務を引き継ぐ 
  203    磐余若桜宮(いわれわかざくらのみや)に遷都 
  239    魏志倭人伝、明帝景初三年六月条を日本書紀本文中に引用
卑弥呼が魏に使いを派遣し「親魏倭王」の称号を得る
この前後に纏向遺跡ができる
  243    倭王使いを魏に派遣し生口・倭錦などを献ず 
  248    このころ、卑弥呼没し径百余歩の家を造る(箸墓
宗女壱与を立てて国中治まる 
  262    葛城襲津彦(かずらきのそつびこ)を派遣して新羅を攻撃させる 
  269    皇太后崩御 
  3世紀後半    中山大塚古墳西殿塚古墳 
  応神天皇  270    応神天皇即位 
  310    応神天皇崩御 
  仁徳天皇  313    仁徳天皇即位
難波宮津宮に遷都
  4世紀前半    東殿塚古墳行燈山古墳(崇神天皇陵) 
  369    百済、七支刀を造る 
  372    百済、七支刀倭国におくる 
  391   倭国が新羅侵入391〜404 
  399    仁徳天皇崩御 
倭と百済は連合して新羅に出兵
  履中天皇  400    履中天皇 磐余稚桜宮で即位
  405   履中天皇崩御 
  反正天皇  406   反正天皇即位 
(たじひのしばがきのみや)に遷都
  .411    反正天皇崩御 
  允恭天皇  412    允恭天皇即位
  415    諸臣に対し、盟神探湯(くかたち)を行う 
  416    日本書紀に「地震(なゐふる)」記述⇒。文献上最古の記録 
  421    倭王讃、宋に朝貢し武帝から叙爵される421〜478
以降、倭の五王が南朝に朝貢する 
  435    皇太子木梨軽皇子(きなしかるのみこ)の近親相姦発覚、妹の軽大娘皇女(かるのおおいらつめ)を伊予に流す 
  453   允恭天皇崩御 
  5世紀中頃     
  安康天皇   453    安康天皇即位
石上穴穂宮に遷都 
  456    安康天皇、眉輪王(まよわのおおきみ)に刺され崩御 
  雄略天皇      460    雄略天皇、泊瀬朝倉宮で即位
葛城山で狩猟中、一言主神に出会う 
  462    后に蚕を飼うことを薦める 
三諸岳(みもろのおか)の神をみようとする
  471    乎獲居臣(おわけのおみ)が 獲加多支鹵大王(わかたける)に仕えたことを記した鉄剣を作る(稲荷山古墳出土鉄剣銘文
  478   倭王武、宋に朝貢する
  479    雄略天皇崩御 
  清寧天皇   480    清寧天皇 磐余甕栗宮で即位
  481    億計王(おけのみこ・のちの仁賢天皇)・弘計王(おけのみこ・のちの顕宗天皇)の兄弟を播磨で発見 
  484   清寧天皇崩御
  顕宗天皇   485    顕宗天皇即位 
  487    近っ飛鳥八釣宮で崩御 
  仁賢天皇  488    仁賢天皇 石上広高宮で即位
  498    仁賢天皇 崩御
  武烈天皇  498    皇太子小泊瀬稚鷦鷯尊(おばつせわかさざき・のちの武烈天皇)、影姫を見初め、乃楽山で平群鮪(しび)を討つ
武烈天皇即位
泊瀬列城宮に遷都 
  506    武烈天皇崩御 
  継体天皇         507    継体天皇樟葉宮で即位 
  511   筒城宮(つつき)に遷都 
  512   百済へ任那四県を割譲 
  518    弟国宮(おとくに)遷都
  524    百済の聖明王、王位に就く 
  526    磐余玉穂宮に遷都 
  527    筑紫国造磐井の反乱 
  531   継体天皇崩御
  安閑天皇   531    安閑天皇即位 
  532   532・562 新羅が伽耶を滅 
  534    勾金橋宮に遷都
  535    安閑天皇崩御 
  宣化天皇  535    宣化天皇 即位 
  536    檜隈盧入野宮に遷都 

538頃   (百済の聖明王から仏教伝来) (日本書紀では552)
  539    宣化天皇崩御 
欽明天皇   539   欽明天皇即位
蝦夷・隼人が帰順する
  540    磯城嶋金刺宮に遷都 
大連大伴金村、百済への任那四県割譲の責任を問われ失脚
  541    百済の聖明王に詔して任那復興を命ずる 
  545    百済、天皇のために丈六の仏像を造る 
  552    聖明王、釈迦仏の金銅像・幡蓋・経綸などを奉ずる
仏教伝来(日本書紀では)
仏像礼拝の可否を巡って群臣、論争になる
  553    茅渟(ちぬの)海より樟木がみつかり、仏像二体を造らせる
百済、援軍を要請 
天命思想の受容 百済から医・易・暦博士
  554    新羅との戦いで、百済の聖明王戦死 
  557    百済王子余昌(よしょう)、威徳王(いとく)となる 
562   任那の日本府滅ぶ(新羅により)
  570    大臣蘇我稲目宿祢薨じる 
  571    欽明天皇崩御 
敏達天皇    572   敏達天即位
蘇我馬子宿祢を大臣とする
百済大井宮に遷都
574   聖徳太子生まれる
  575    訳語田幸玉宮に遷都 

 
584    百済から仏像二体が送られ、蘇我馬子仏殿を造り迎える
司馬達等(しまのたちと)の娘、出家して善信尼(ぜんしんに)となる 
585   物部守屋、仏像・仏殿を焼き、焼け残りの仏像を難波堀江に捨てさせる
敏達天皇崩御
用明天皇即位する
磐余池辺双槻宮に遷都
用明天皇     585
  586    穴穂部皇子、炊屋姫皇后(のちの推古天皇)を襲い三輪君逆に阻まれるが、物部守屋に逆をころさせる 
  587    天皇、仏法への帰依を詔する
用明天皇崩御 
蘇我馬子、炊屋姫皇后を奉じて穴穂部皇子と宅部皇子をころさせる
蘇我馬子、聖徳太子らと物部守屋を滅ぼす 
祟峻天皇 587   崇峻天皇即位
聖徳太子四天王寺造立発願
588   蘇我馬子が法興寺(飛鳥寺)の建設を始める
589   八坂卿に法観寺(八坂の塔)を築く
隋、中国統一
  592    蘇我馬子、東漢直駒を使い崇俊天皇をころさせる
飛鳥時代 推古天皇  592   推古天皇 豊浦宮で 即位
593   四天王寺造立を始める
〜622聖徳太子推古天皇の摂政となる
用明天皇を河内磯長陵に改葬。
594   蘇我馬子や聖徳太子の勧めで推古天皇が仏教興隆の詔を出す
  595    太子の仏教の師、高句麗の僧恵慈が渡来 、高句麗と国交
596   法興寺(飛鳥寺)建立
599   文献に見える最古の被害地震⇒。「地動(なゐふ)りて、舎屋悉(やかずことごとく)(こほ)たれぬ。即ち四方(よも)(のりごと)して、地震の神を(いの)らせしむ」日本書紀
600   聖徳太子遣隋使を派遣初の遣隋使
新羅と任那が戦う。境部臣を大将軍として任那を助け新羅を攻撃させる
601   聖徳太子斑鳩宮を造営
  602    来目皇子を新羅攻撃の将軍とし、軍兵2万5千を授ける
百済僧観勒来朝。暦本と天文・地理の書などを奉ずる 
603   秦河勝、蜂岡寺(のち広隆寺)造営に着手
豊浦宮から小墾田宮に遷宮
聖徳太子官位十二階の制定
604   聖徳太子憲法十七条の制定
  605    太子、斑鳩宮に移る 
606   鞍作止利、丈六の仏像を造り法興寺に安置(飛鳥大仏)
607   小野妹子らを遣隋に派遣、改革後「日出処の天子、書を日没する処天子に致す」の国書を持参(2度目)
隋の煬帝(ようだい)、その国書の無礼を怒る(天子という言葉に対して)
法隆寺建立
608   小野妹子、隋の使者裴世清とともに帰国。裴世清、隋の国書を奏上
南渕請安、高向玄理留学生として小野妹子等と隋に遣す
妹子再び隋に赴く、高向玄理(たかむこのくろまろ)ら8人が留学僧として同行(3度目)
  609    小野妹子帰国 
613   都から難波に通じる道をひらく
太子、片岡山に飢えた人を見る
  614    犬上君御田鋤(いぬがみきみたすき)と矢田部造(やたべみやつこ)を隋に派遣 (最後)
蘇我馬子の病気平癒を祈るため、千人を出家させる
  615    犬上君御田鋤と矢田部造帰国 
  618    隋が滅び、唐が中国を統一する 
  620    太子と蘇我馬子、「天皇記」と「国記」、臣・連・伴造・国造・などの「本記」を記録する 
622   聖徳太子没(49歳)磯長陵
太子のために橘太郎女、天寿国曼荼羅を作成
626   蘇我馬子没
天智誕生
蘇我馬子死亡(75歳)
蘇我蝦夷(42?)大臣になる
628   推古天皇崩御、遺詔により竹田皇子の陵に葬る
皇嗣定まらず。山背大兄王を推す境部摩理勢、田村皇子(のちの舒明天皇)を推す蘇我蝦夷に殺される
舒明天皇 629   舒明天皇即位
630   犬上御田鍬と恵日を唐に派遣、遣唐使の初め(犬上御田鍬・恵日)
舒明天皇飛鳥岡本宮に遷都
天武天皇誕生
  631    百済王子・豊璋が人質として来日 
  632   犬上御田鍬帰国、唐使・高表仁来日、唐の冊封を迫るが拒む、翌年1月帰国 
636   飛鳥岡本宮焼失、田中宮に遷都
  637    蝦夷の反乱を上毛野君形名が征討 
  638    舒明天皇が有馬へ行幸 
  639    百済宮・百済大寺を建造 
舒明天皇、伊予道後温泉へ行幸
640   舒明天皇厩坂宮に滞在
南渕請安、高向玄理ら新羅経由で唐から帰国
641   山田寺建立
百済・武王の死、義慈王即位
舒明天皇百済宮で崩御、滑谷岡に葬る、中大兄皇子、宮で弔辞を読む
皇極天皇   642   皇極天皇即位
小墾田宮に遷都
蘇我蝦夷を大臣とする
蝦夷の子入鹿が自ら国政を執り、権勢は父に勝る
蘇我蝦夷・入鹿が双墓(大陵・小陵)をつくる
百済大寺建立と飛鳥板蓋宮造営を詔する
蘇我蝦夷、祖.廟を葛城の高宮に建て、また民を徴発して墓を造る
643   飛鳥板蓋宮に遷都
舒明天皇の墓を押坂陵に改装
蘇我蝦夷病気引退、入鹿が大臣になる
蘇我入鹿・巨勢臣徳多が山背大兄王とその一族を滅ぼす。王は斑鳩寺に入り自害
  644    中臣鎌子(のちの藤原鎌足)、中大兄皇子と法興寺の打毬の場で接触
中大兄皇子、蘇我倉山田石川麻呂の次女遠智娘を妃とする
蘇我蝦夷・入鹿、家を甘樫岡に並び建て、上の宮門と称する
  645    中大兄皇子・中臣鎌子、蘇我入鹿を宮中(板蓋宮)で討つ(乙巳の変
蘇我蝦夷、「天皇記」・「国記」・珍宝を全て焼き、蘇我本宗家滅亡 
蘇我倉山田石川麻呂右大臣に任命される
皇極天皇譲位(初の生前譲位)
孝徳天皇 645 大化元 孝徳天皇即位
中大兄皇子、皇太子となる
大化と改元する 元号⇒
古人大兄皇子謀反、中大兄皇子が討伐させる
難波長柄豊碕宮に遷都
646 大化2 大化改新の詔を発布
班田収授法を制定
僧道登、宇治橋をかける
  647  大化3 冠位七色十三階を制定
渟足柵(ぬたりのき)を造り柵戸(きのへ)を置く 
  648  大化4  磐舟柵(いわふねのき)を造り、蝦夷に備える 
金春秋が倭から唐へ入朝
日本最古の木簡(難波宮)
  649  大化5  冠位十九階を制定 
左大臣安倍内麻呂没
蘇我倉山田石川麻呂、謀反を疑われ山田寺にて自害
左大臣に巨勢徳陀古(とくだこ)、右大臣に大伴長徳
難波長柄豊崎宮(前期難波宮)の造営649年12月〜652年9月
  650  白雉元  瑞祥・白雉が献上され改元 
  651 白雉2  新羅使が唐国服を着て来日、追い返す 
652 白雉3 難波長柄豊碕宮完成
最初の班田収受が完了する
  653 白雉4  第2回遣唐使2船派遣 120人 2隻 240人 僧・留学生 632年以来。
中大兄皇子が孝徳天皇と不和、皇極天皇とともに飛鳥にもどる(飛鳥河辺行宮・飛鳥稲淵宮
654 白雉5 第3回遣唐使(高向玄理・定恵) 
孝徳天皇、難波宮で崩御
斉明天皇 655 斉明元 飛鳥板蓋宮で再び斉明天皇即位する(皇極天皇重祚)
飛鳥板蓋宮が焼け飛鳥川原宮に遷る
高句麗・百済・新羅使が朝貢(翌年も)
656 斉明2 後飛鳥岡本宮に遷都
大規模土木工事を行う
吉野宮造営
新羅使、倭国との関係断つ(668年国交再開)
飛鳥石造物(亀石・酒船石・石人像・須弥山石)
  657  斎明3  吐火羅(とから・ペルシャ)国人、筑紫に漂着
飛鳥寺の西に須弥山(しゅみせん)の像をつくり、盂蘭盆会(うらぼんえ)を設ける 
658 斉明4 有馬皇子謀反の疑いで処刑
阿倍比羅夫(あべのひらふ)、東北の蝦夷攻撃
服従した蝦夷200人余を饗応(石神遺跡)
  659 斎明5  第4次遣唐使を派遣 
阿倍比羅夫が第2回日本海岸の蝦夷遠征(200隻)
660 斉明6 百済が唐・新羅の連合軍に滅ぼされる(扶余陥落)
百済の鬼室福信(きしつふくしん)、救援と人質の王子の返還を要請
斎明天皇、難波宮に移って百済救援の準備
中大兄皇子、漏刻をつくる
阿倍比羅夫が第3回日本海岸の蝦夷遠征(200隻)
661 斉明7 斎明天皇、中大兄皇子、大海人皇子、百済救援で筑紫に向かう
斎明天皇、朝倉宮で崩御、斉明の遺体を筑紫から飛鳥へ運び岩屋古墳(667年牽牛子塚古墳へ改装)、天智は飛鳥滞在
天智称政
中大兄皇子が政権を引き継ぐ
余豊璋が百済へ帰国(631年来日)、日本人妻と5000兵を付ける
   天智天皇 662  天智元  百済王子を帰国させる 
663 天智2 白村江の戦いで大敗する、日本・百済の連合軍と唐・新羅連合軍との戦い、この年百済滅亡
百済・豊璋は高句麗へ逃げる
山田寺の塔を構える
  664  天智3  冠位二十六階を制定、氏上・民部・家部の制を定める
対馬・壱岐・筑紫などに防人を置き、水城を築く 
蘇我連子没
  665  天智4  間人皇女(38歳・孝徳妃)が崩御、672年斉明と合葬(牽牛子塚古墳)
百済人に冠位を賜与する 、百済の貴族・男女400人を近江国神崎郡に住まわせる
大野城・基肄きい城・長門城:滅亡百済人軍事技術者、朝鮮式山城
  666  天智5  百済の男女2000人を東国に移住させる、663年から3年間は官から食料支給 
667 天智6 近江大津宮に遷都、天下の人民喜ばず、昼夜となく出火
斉明天皇と間人皇女を合葬する(牽牛子塚古墳)、大田皇女(越塚古墳)
倭に高安城(大和)、八嶋城(讃岐)、金田城(対馬)に城を築く
668 天智7 中大兄皇子即位、天智天皇
崇福寺を建立
大海人皇子、皇太子となる
唐・新羅連合軍、高句麗を滅ぼす
669 天智8 新羅が高句麗を滅ぼして朝鮮半島を統一する
中臣鎌足に大織冠と大臣の位、藤原姓を授ける
中臣鎌足翌日没
670 天智9 「新唐書」に倭国が日本と号したと記された
全国的に戸籍作成 庚午年籍作成
斑鳩寺(法隆寺)火災で消失
弘文天皇 671 天智10 大友皇子太政大臣とす、蘇我赤兄を左大臣、中臣金を右大臣とする
蘇我果安、御史大夫に就任
大海人皇子(天武天皇)出家し吉野へ入る
天智天皇、近江宮で崩御
山科に天智天皇稜をつくる
天武天皇 672 天武元 6/24 大海人皇子、吉野を脱出し菟田を経て東国へ。壬申の乱おこる、簒奪王権
蘇我果安自尽、蘇我赤兄を配流
6/26 迹太川で天照大神を遥拝する
6/27 不破に入り野上に行宮(かりみや)を営む
6/29 大伴連吹負(ふけい)、飛鳥で挙兵し勝利をおさめ、将軍に任じられる
7/4  将軍吹負、乃楽山(ならやま)で近江軍に敗れ退却
7/7  村国連男依(おより)ら、息長の横河で近江軍を破る
7/22  男依ら、瀬田に到着、大友皇子・左右大臣ら敗走
     将軍吹負、倭の地を完全に平定
7/23  男依ら、近江の将犬養連五十君・谷直塩手を粟津市で斬る
     大友皇子、逃げるところなく山前(やまさき)で自害(弘文天皇第39代、(明治3年追諡)
9月  大海人皇子、倭に帰り着く
    岡本の宮の南に飛鳥浄御原宮を造り遷る(都を飛鳥に戻す)
673 天武2 大海人皇子飛鳥浄御原で2月即位、天武天皇  3月受命儀式 皇位の正当化「孝徳記」白雉元年条
674 天武3 大伯(大来)皇女伊勢斎王とする 
賀茂御祖神社(下鴨神社)造営開始(〜677)
  675  天武4 初めて占星台を建てる
諸氏の部曲(かきべ)を廃止
風神を竜田に、大忌神を広瀬に祀る 
677 天武6 飛鳥寺で盛大な斎会を催す
賀茂別雷神社(上賀茂神社)造営開始(〜678)
高市大寺を大官大寺と改める
678 天武7 十市皇女、斎宮(いつきのみや)に赴く日の朝に宮中で急逝する
中国西安で見つかった墓誌に「日本」の文字があった
この頃に藤原不比等と蘇我娼子が婚姻か。
山田寺丈六仏像を鋳造する
  679  天武8  吉野宮に行幸し、六人の皇子と皇后を集め、争わぬよう盟約させる 、難波に羅城を築く
680 天武9 皇后の病気平癒を祈願して、天武天皇が本薬師寺建立をはじめる
681 天武10 草壁皇子皇太子となる
天皇・皇后、律令を定め法令を改めることを詔する
川島皇子らに歴史書の編纂を命じる 帝紀、上古諸事編纂作業開始
禁式九十二条を制定し、親王から庶民までの服装を規定する
683 天武12 1月 天命による総括(天命の加護) 「天武紀」12年条
冨本銭使用令
  684 天武13  八色(やくさ)の姓(かばね)を定める
天武天皇、京師を巡行して宮室の地を定める
諸国の境界を定める
白鳳南海地震⇒ 
白鳳南海地震以降、奈良盆地南部は8回以上南海トラフト地震を経験している
  685  天武14  天武天皇、白錦後苑に行幸する
686 朱鳥元 難波宮、大蔵省から失火
天武天皇、病に倒れる
百人の僧侶に宮中で「金光明経」をよませる
朱鳥(あかみとり)に改元
天皇のために観世音薩像を造り大官大寺で「観世音経」を説かせる
親王以下諸臣、川原寺で天皇の病気平癒を請願する
天武天皇崩御 55歳前後
  持統天皇 686  朱鳥元  皇后が政権を引き継ぐ
殯宮を建て、南庭に殯する
大津皇子、謀反の罪で捕らえられ自害する 24歳
天武天皇のために大官大寺など五つの寺で無遮大会(むしゃだいえ)を催す(大官寺飛鳥寺川原寺、豊浦寺、坂田寺)
近江園城寺(三井寺)が創建される 
大蔵省から失火、宮室全焼
  687  朱鳥2  飛鳥寺にて3百人の僧に袈裟を贈る 
  688  朱鳥3  天武天皇を大内陵に葬る
689 朱鳥4 草壁皇子没する 28歳
飛鳥浄御原令頒布
690 朱鳥5 持統天皇即位 近江崇福寺行幸、天智を供養か
官人の朝服の制を定める
戸籍、「庚寅年籍(こういんねんじゃく)」を作らせる
  691  朱鳥6  藤原京(新益京・しんやくのみやこ)の鎮祭をおこなう 
川嶋皇子(天智の皇子)没する  35歳
  692  朱鳥7  親王以下全ての有位官人に難波大蔵の鍬を賜る 
694 朱鳥8 藤原京に遷都。このころ柿本人麻呂の作歌活動盛ん
高松塚古墳作られる
696 朱鳥10 高市皇子没する 43歳
文武天皇 697 朱鳥11 公卿・百寮、仏像の開眼の法令を薬師寺で催す
文武天皇即位する、持統太上天皇となる
698 朱鳥12 本薬師寺完成 698〜700年諸国から顔料の献上
  699  朱鳥13  弓削皇子没する 他新田部皇女、大江皇女、坂合部皇女、日向王、春日王ら没する 
701 大宝元 大宝律令成る
松尾神社を造営
大宝令に「天皇」の称号登場
702 大宝2 持統太上天皇崩御 57歳
704 慶雲元 真応、成相寺をつくると伝える(宮津市)
    705  慶運2  刑部皇子没する 47歳 
元明天皇 707 慶雲4 文武天皇崩御 25歳
元明天皇即位
奈良時代 710 和銅3 平城京に遷都 和銅銀銭を発行
このころ柿本人麻呂没する
711 和銅4 秦伊呂具、稲荷神社を造営
712 和銅5 太安万呂「古事記」を撰上する
713 和銅6 丹後国をおく。相楽郡瓶原離宮造営
元正天皇 715 霊亀元 元正天皇即位する
718 養老2 藤原不比等、養老律令の選修
720 養老4 舎人親王「日本書紀」撰上する 
隼人反乱する
聖武天皇 724 神亀元 聖武天皇即位
726 神亀3 行基、山崎橋をつくるという。愛宕郡出雲卿の記帳できる
727 神亀4 渤海使が入京し国交が開かれる
729 天平元 長屋王謀反の嫌疑で自害する
  734  天平6  震源・規模不明 震度6弱(大和)⇒ 

「地大きに震りて、天下の百姓の盧舎を攘(こぼ)つ。圧死せる者多し,山崩れ川塞ぎ、地往々にしてひらけ裂くること、
勝げて数ふべからず」(『続日本書紀』)
「大地震、神倉崩れ、峯より火の玉海に飛ぶ」(『熊野年代記』)

740 天平12 藤原弘嗣の乱起こる
恭仁京造営の詔、翌年聖武天皇月宮大極殿で朝賀をうける(745年国分寺に施入)
741 天平13 諸国に国分寺・国分尼寺建立の勅
742 天平14 紫香楽宮遷都
744 天平16 難波京に遷都
745 天平17 平城京に遷都
孝謙天皇 749 天平勝宝元 孝謙天皇即位
752 天平勝宝4 東大寺大仏開眼供養
754 天平勝宝6 遣唐副使大伴古麻呂が鑑真ら8人を伴って帰国
淳仁天皇 758 天平宝字2 淳仁天皇即位
759 天平宝字3 鑑真が唐招提寺を建立
762 天平宝字6 近江に石山寺が建立
称徳天皇 764 天平宝字8 孝謙天皇即位する(称徳天皇重祚)
恵美押勝の乱
765 天平神護元 西大寺が建立
光仁天皇 770 宝亀元 道鏡、造下野薬師寺別当に左遷
光仁天皇即位
万葉集成る
桓武天皇  781 天応元 桓武天皇即位
784 延暦3 都を長岡に遷都(長岡京、〜794)
785 延暦4 早良親王が廃される
788 延暦7 最澄、比叡山寺(のち延暦寺)を造営
平安時代 794 延暦13 平安京に遷都。長岡から都を葛野郡に遷し、山背を山城とし、新郡を平安京とする
796 延暦15 京に東寺西寺鞍馬寺が建立
800 延暦19 富士山が噴火
804 延暦23 坂上田村麻呂、清水寺創建(〜805)
805 延暦24 最澄帰朝し、天台宗(延暦寺)を開く
  806  延暦25  桓武天皇崩御 
平城天皇   806 大同元 平城天皇即位
空海帰朝し、真言宗(東寺)を開く
807 大同2 桑、漆の栽培が奨励される
  809  大同4  平城天皇病弱のため、嵯峨天皇に譲位、太上天皇となる 
  嵯峨天皇  809  大同4  嵯峨天皇即位
  816 弘仁6 京の治安強化のため検非違使を設置
    818 弘仁7  関東諸国地震⇒ 
  819 弘仁9 空海が高野山に金剛峰寺を建立
  823 弘仁14 空海に東寺を与える
  824 天長元 防鴨河使をおく
  827 天長4 延暦寺に戒壇院建立
  828 天長5 空海、綜芸智院を建立
  829 天長6 高岳親王(真如法親王)加佐郡鹿原に金剛院設立
    830  天長7  出羽国地震⇒ 
    841  承和8  信濃国、伊豆地震⇒ 
  842 承和9 承和の変
渤海使が入京する
    850  嘉祥3  出羽国地震⇒ 
  856 斉衡3 法綸寺建立(のち遊仙寺→泉湧寺
  857 天安元 藤原良房が人臣として初めて太政大臣となる
  858 天安2 藤原良房摂政となる
   859 貞観元 京都に吉田神社創始、男山に石清水八幡宮創建
  863 貞観5 御霊神社創建、永観堂禅林寺創建 越中・越後国地震⇒
  866 貞観8 応天門の変
    868 貞観10  播磨国地震(山崎断層震源地)⇒ 
  869 貞観11 貞観地震⇒(陸奥国・M8.6)
   876 貞観18 嵯峨院を大覚寺とする
    878 元慶2  関東諸国地震⇒ 
    880  元慶4  出雲国地震⇒ 
  887 仁和3 藤原基経、関白となる。 仁和寺創建(904年宇多法皇御室建立) 仁和地震⇒(M8.0〜8.5・南海トラフを震源とする)
  894 寛平6 遣唐使を廃止
  901 延喜元 菅原道真が太宰府に左遷される
  905 延喜5 醍醐天皇が紀貫之らに古今和歌集の編集を命じる
  913 延喜13 京都付近大風、洛中大火
  927 延長5 延喜格式の撰上
  929 延長7 竹野郡大津浜(間人)に渤海の船着く
  935 承平5 平将門がおじの平国香をさつ害(承平、天慶の乱はじまる〜941)
  938 天慶元 空也、洛中で念仏を唱え庶民を教化する
  939 天慶2 天慶の乱、平将門叛く
  947 天暦元 北野に菅原道真を祀る(北野天満宮
  952 天暦5 醍醐寺五重塔供養
  960 天徳4 内裏焼亡(平安遷都後最初)
  961 天徳5 在原業平を主人公とする伊勢物語が成立
  970 天禄元 初めて祇園御霊会を行う
  976 貞元元 円融天皇が堀河第に移る(里内裏の初め)
京都大地震
  980 天元3 良源が延暦寺根本中堂の再建供養をする
  985 寛和元 源信「往生要集」を著す
  986 寛和2 花山天皇が藤原兼家に欺かれて出家する
  987 永延元 斉然、清涼寺(嵯峨釈迦堂)を創建
  993 延暦4 故菅原道真に左大臣正一位を追贈する
  995 長徳元 京に疫病が大流行、関白藤原道兼も倒れる
  1000頃 長保2 清少納言の枕草子完成
  1005 寛弘2 木幡三昧堂(浄妙寺)落慶
  1008頃 寛弘5 紫式部の源氏物語が完成
  1016 長和5   〜27藤原道長全盛
  1017 寛仁元 丹波国の百姓、国守藤原頼任を訴える
  1018 寛仁2 藤原道長が天皇(後一条)の外戚として栄華を極める
  1019 寛仁3 藤原道長出家し、法成寺創建(1058年焼失)
  1020 寛仁4 菅原孝標(上総守)の娘が更級日記を書き始める
  1031 長元4 藤原頼道が興福寺五重塔と金堂を落慶供養する
  1035 長元8 園城寺に延暦寺の僧は赴き乱闘となる
  1038 長暦2 延暦寺僧徒、座主問題で強訴
  1043 長久4 諸国大干魃に見舞われ神泉園で雨乞い祈祷
  1045 寛徳2 荘園整理令
  1048 永承3 日野法界寺創建
  1052 永承7 藤原頼道、宇治の別荘を寺とす(平等院
  1053 天喜元 平等院鳳凰堂成る
  1054 天喜2 安倍貞任が陸奥守源頼義の兵営を襲撃する
  1064 康平7 広隆寺日光菩薩像、月光菩薩像ができる
    1070  延久2  京都府南部地震⇒M6.0〜6.5 
  1077 承暦元 法勝寺の落慶供養が行われる(六勝寺の最初)
  1086 応徳3 院政始まる.
白河天皇が洛南の鳥羽殿と呼ばれる離宮を造営
  1090 寛治4 聖護院創建
  1096 永長元 鼓・笛・太鼓などに合わせ田楽踊りが京中田楽大流行
嘉保東海地震⇒
    1099 承徳3  承徳南海地震⇒ 
  1102 康和4 興福寺宗徒蜂起し、宇治橋を焼き防戦、翌1103年強訴、興福寺と東大寺の僧徒が争う
  1107 嘉承2 浄瑠璃寺の本堂が完成する
    1108  天仁元  浅間山天仁噴火 
  1111 天永2 今昔物語が完成する
  1116 永久4 白河法皇が熊野詣
  1124 天治元 中尊寺金色堂成る。初めて祇園臨時祭りを行う
  1129 大治4 白河法皇がなくなり鳥羽院政が始まる
  1131 天承元 藤原氏の栄華を描いた歴史物語大鏡が完成
  1132 長承元 平忠盛得長寿院建立
  1135 保延元 「問丸」初見
  1137 保延3 安楽寿院建立
  1142 永治2 初めて四条橋をつくる
  1149 久安5 六勝寺の一つ延勝寺が落慶供養
  1155 久寿2 平清盛が厳島神社社殿を修復する
  1156 保元元 保元の乱
  1159 平治元 平治の乱
  1164 長寛2 後白河上皇が清盛に造営させた三十三間堂落慶、蓮華王院本堂
  1167 仁安2 平清盛、太政大臣となる
  1171 嘉応元 清盛の娘徳子が高倉天皇のもとへ入内する
  1175 安元元 法然、浄土宗知恩院)を開く
  1177 治承元 京都大火(太郎焼亡)
奈良県地震⇒
  1178 治承2 京都大火(次郎焼亡)
  1179 治承3 平重盛、丹波国司となる
  1180 治承4 以仁王・源頼政挙兵。6月平安京を廃し福原に遷都、11月遷都。平氏の南都焼き打ち
  1182 寿永元 京中飢饉、餓死続出、盗犯・火事頻発
  1183 寿永3 平氏都落ち、木曽義仲入京
  1185 文治元 平氏滅ぶ、守護・地頭を設置
京都府南部地震⇒
  1190 建久元 源頼朝初めて入洛
  1191 建久2 栄西、禅宗を伝う
鎌倉時代   1192 建久3 源頼朝、鎌倉幕府を開く。土肥実平、丹波守護となる
  1194 建久5 延暦寺僧徒らの訴で栄西の禅宗布教禁止
  1198 建久9 粟生光明寺創建
  1202 建仁2 栄西、建仁寺創建
  1205 元久2 「新古今和歌集」
  1207 承元元 専修念仏を禁じ法然・親鸞流罪(承元の法難)
  1212 建歴2 鴨長明方丈記を著す
  1216 建保4 鴨長明死
  1219 承久元 源氏滅び、北条氏執権
  1221 承久3 承久の乱、幕府方が圧勝、六波羅探題を設置
  1222 承久4 平家物語が完成
  1227 安貞元 大報恩寺(千本釈迦堂)本堂落成
  1232 貞永元 御成敗式目を制定(貞永式目)
  1233 天福元 道元、深草に興聖寺創建
  1235 嘉禎元 九条道家、東福寺建立
藤原定家が名歌百選を選ぶ(百人一首の原形)
  1243 寛元元 円爾弁円、東福寺住職となる
  1253 建長5 日蓮、法華宗を開く
  1272 文永9 覚信尼、親鸞の墓を東大谷に移し本願寺建立
  1274 文永11 文永の役(元軍博多に来襲)
  1281 弘安4 弘安の役(元軍博多に来襲)
  1286 弘安9 叡尊、宇治橋を再建し、浮島に十三重塔を建立
  1291 正応4 亀山上皇、離宮南禅院を営みその一部を大明国師に与える(南禅寺の起源)
  1293 永仁元 大江修理亮、丹後守護となる。三浦半島地震。
  1297 永仁5 永仁の徳政令(永仁の徳政令)
  1317 文保元 文保の和議(両皇統送立)
  1319 元応元 紫野に大徳寺建立
  1321 元享元 後醍醐天皇、院政を廃し記録所設置
  1331 元弘元 元弘の乱起る。後醍醐天皇京都を逃れ、鷲峰山を経て笠置山にこもる。
笠置山焼失、天皇隠岐へ配流。光厳天皇即位(北朝)
  1333 元弘3 鎌倉幕府滅ぶ。後醍醐天皇隠岐脱出。足利尊氏丹波で挙兵、六波羅攻撃。
光厳天皇退位
  1334 建武元 建武の中興
(南北朝時代)   1336 延元元/建武3 足利尊氏による光明天皇の践酢、後醍醐天皇吉野遷幸、朝廷分裂
室町時代   1338 暦応元 足利尊氏、室町幕府を開く、男山の合戦、尊氏征夷大将軍となる
  1339 暦応2 細川頼春勝竜寺城を築く。尊氏暦応寺を建立(1341天竜寺と改称)
  1341 暦応4 幕府、天竜寺船派遣
  1342 康永元 幕府五山十刹の制を定める
  1349 貞和5 足利尊氏、鎌倉公方となる
  1353 文和3、正平8 近江土一揆。北畠親房死
    1361 正平16、康安元  地震(正平南海地震)⇒
  1362 貞治元 山名時氏・足利直冬軍、丹波で足利義詮軍と戦う
  1365 貞治4 那珂宗泰、丹波に天寧寺建立
  1372 応安5 観阿弥清次、京都に進出醍醐寺で演能
  1378 永和4 足利義満室町新邸(花の御所)に移る
  1382 永徳2 相国寺上棟
  1385 至徳2 山名氏清、山城守護となる
  1391 明徳2 山名氏清謀反、京都に迫り敗る(明徳の乱)
  1392 明徳3、元中9 南北朝の統一。一色満範、丹後守護となる。
  1394 応永元 結城満藤、山城守護となる。足利義満、将軍職を子・義持に譲る。
  1397 応永4 足利義満、北山邸(金閣)上棟、翌年義満移る。
  1399 応永6 京極高詮、山城守護となる。相国寺七重塔が完成し、義満が落慶法要に臨む
  1401 応永8 足利義満が中国・明に使者を送る。その後、対明貿易を始める。
    1403 応永10  相国寺七重大塔が落雷で炎上 
  1404 応永11 勘合貿易の初め。大塔を北山殿に再建するため立柱の儀式を行う
  1406 応永13 山城に段銭を課す
    1408 応永15  義満死去 
    1416  応永23  北山大塔が落雷で焼失 
  1426 応永33 近江坂本の馬借一揆
  1428 正長元 山城の卿民徳政を要求蜂起(正長の土一揆)
  1429 正長2 丹波に土一揆
  1431 永亨3 明兆死
  1441 嘉吉元 嘉吉の変(播磨守護赤松満祐が将軍足利義教を殺害)   
  1447 文安4 山城西岡土一揆徳政を要求し京に乱入
  1450 宝徳2 細川勝元、竜安寺を創建
  1454 享徳3 山城徳政一揆
  1457 長禄元 太田道灌、江戸城を築く。蓮如、法灯を継ぐ
  1459 長禄3 幕府新関を京都7口におき関銭徴収
  1461 寛正2 飢餓・疫病で洛中死者多数
  1462 寛正3 池坊専慶、佐々木高秀邸で立花を行う。多賀高忠、所司代となる
  1464 寛正5 音阿弥、糺河原で勧進猿楽を行う
  1467 応仁元 応仁の乱起る
  1469 応仁3 足利義政、武田信賢を丹後守護とし、一色・武田両氏の丹後争奪戦始まる
  1474 文明6 一休宗純大徳寺住職となる
  1477 文明9 応仁文明の乱終わる
  1480 文明12 山科に本願寺建立
  1482 文明14 足利義政、東山山荘(銀閣)に移る
  1485 文明17 山城国一揆起る、翌年平等院で会合
  1487 長享元 乙訓郡国一揆起る
  1488 長享2 加賀一向一揆起る
  1489 延徳元 足利義政、銀閣完成。下京大火
  1490 延徳2 丹波で荻野・大槻氏が守護代上原氏に背く
  1491 延徳3 北条早雲、伊豆に拠る
  1493 明応2 山城国一揆崩壊、山城で仏踊流行
豊臣秀吉により、初めて地震とナマズが結びつけられる⇒
  1494 明応3 下京大火
奈良県地震⇒
     1495 明応4  相模湾沿岸大津波 
  1498 明応7 丹後守護一色義秀、普甲峠で国人に攻められ自殺。明応東海地震⇒(南海トラフの巨大地震)
  1499 明応8 竜安寺庭園完成
  1500 明応9 上京大火。祇園会、応仁の乱後復活
  1501 文亀元 武田元信丹後守護に任ぜられ、一色義道と加佐郡に戦い、義道石川城に逃れる
  1506 永正3 雪舟死。幕府、京中の踊り禁止。細川澄之、丹後賀屋城を攻め、武田元信を助け、
元信は一色義有を攻める
  1511 永正8 船岡山の戦い。
    1512  永正9  永正津波(えいしょう)⇒ 
  1528 享禄元 幕府、大舎人座の直売禁止。この頃下京に茶の湯流行
  1532 天文元 法華一揆起る
  1536 天文5 天文法華の乱起る
  1542 天文11 法華21カ寺に洛中還住を勅許
  1543 天文12 種子島に鉄砲伝来
  1549 天文18 ザビエル、キリスト教を伝う
  1551 天文20 ザビエル入京
  1552 天文21 三好長慶、洛中を支配
  1555 弘治元 川中島の戦い
  1558 永禄元 一色義道、丹後守護となる
  1559 永禄2 織田信長入京
  1560 永禄3 桶狭間の戦い。キリスト教布教
  1568 永禄11 織田信長、将軍義昭を擁し入京
  1571 元亀2 信長、比叡山焼討ち
  1573 天正元 信長上京焼討ち、信長、槇島城に将軍義昭を攻める(室町幕府滅亡)
安土・桃山時代   1576 天正4 京都南蛮寺、献堂式挙行
(織豊時代)   1577 天正5 明智光秀、丹波の内藤氏を攻める
  1578 天正8 光秀丹波を、細川藤孝(幽斉)丹後を攻める
  1579 天正9 楽長十郎、千利休の指導で作陶(楽焼)
  1582 天正10 九州の少年使節渡欧。本能寺の変。山崎の合戦。一色義有、宮津城で細川親子に謀殺される(一色氏滅亡)
  1583 天正11 この頃細川藤孝田辺城を築く
  1585 天正13 豊臣秀吉、関白となる
  1586 天正14 秀吉、東山に方広寺を建て大仏を鋳造。天正大地震。
  1587 天正15 秀吉、北野大茶会を催す
  1590 天正18 豊臣秀吉の全国統一。寺町をつくる(翌年御土居をつくる)。三条大橋完成
  1591 天正19 小早川秀秋、亀山城主となる。利休自刃
  1592 文禄元 文禄の役
  1594 文禄3 秀吉淀川堤築造開始、石川五右衛門処刑
  1595 文禄4 秀次自害、聚楽第破却。前田玄以、亀山城主となり、検地実施
  1596 慶長元 伏見に大地震⇒(慶長伏見地震)、伏見城大破 
  1597 慶長2 慶長の役
  1598 慶長3 秀吉、醍醐の花見。秀吉8月伏見城で没す
  1600 慶長5 関が原の戦い。伏見城陥落。西軍田辺城攻囲
  1601 慶長6 京都に所司代設置。板倉勝重任命。伏見に銀座設置。伏見に円光寺創建
  1602 慶長7 教如、東本願寺建立(東西本願寺分立)。徳川家康二条城造営、伏見城再建、
江戸時代   1603 慶長8 徳川家康、将軍となる(二条城で宣下)、江戸幕府を開く。出雲阿国ら歌舞伎踊始める
  1604 慶長9 角倉了以安南に渡航
  1605 慶長10 慶長地震M7.9
  1606 慶長11 幕府、禁裏・仙洞御所造営、角倉了以大堰川を開削
  1607 慶長12 松平忠勝、伏見城代となる
  1608 慶長13 遊女歌舞伎、四条河原に進出
  1609 慶長14 岡部長盛、亀山城主となる
  1610 慶長15 京都商人田中勝助らメキシコへ渡航
  1611 慶長16 角倉了以、高瀬川開削着手。伏見銀座を京都へ移す。方広寺大仏殿再建。慶長三陸地震。
  1613 慶長18 丹波で有馬検地。
  1615 元和元 大坂夏の陣,武家諸法度・禁中並公家諸法度を制定。豊臣家滅亡
  1619 元和5 伏見城破却
  1620 元和6 桂離宮の普請開始。
  1621 元和7 松平忠重、亀山藩主となり、前藩主岡部長盛は福知山藩主となる
  1622 元和8 宮津藩主京極高知没し、高広後を継ぎ、高知3男高三は田辺藩主、養子高道は峰山藩主となる
  1623 元和9 松平定綱、淀城を創建、淀藩主となる
  1624 寛永元 日光東照宮陽明門成る。東山に高台寺創建。稲葉紀道、福知山藩主となる
  1627 寛永4 紫衣事件起こる
   1634 寛永11 家光上洛。この年洛中人口約41万。菅原定芳、亀山藩主となる
  1635 寛永12 参覲交代制の確立。鎖国令
  1637 寛永14 島原の乱
  1639 寛永16 鎖国
  1640 寛永17 六条三筋町遊郭、朱雀野に移る(のちの島原遊郭)
  1643 寛永20 田畑永代売買の禁
  1644 正保元 東寺五重塔再建
  1646 正保3 江岑宗左、千宗旦より家督相続(表千家)、宗旦は今日庵を建て隠居(裏千家
  1647 正保4 この頃粟田焼開始
  1648 正保5 松平忠春、亀山藩主となる
  1649 慶安2 慶安の御触書
  1650 慶安3 この頃仁清仁和寺門前で製陶(御室焼)、福知山大洪水(福知山流)
  1651 慶安4 この頃西陣でビロードを織りだす
  1653 承応2 京都秤座神氏に西国33カ国の秤支配権付与
  1655 明暦元 桂離宮造営開始。当時酒造株596・伏見283
  1657 明暦3 江戸明暦の大火
  1659 万治2 万福寺開創許可(1661開創)
  1661 寛文元 京都大火
  1662 寛文2 この頃大文字送り火始まる 寛文近江若狭地震
  1673 延宝元 分地制限令。三井高利、越後屋呉服店江戸に開業(現三越)
    1677 延宝5  延宝房総沖地震(M8.3以上、津波17m)
    1680  延宝8  8月6日江戸時代最大の台風 
  1687 貞享4 生類憐れみの令
  1688 元禄元 元禄時代
  1693 元禄6 井原西鶴死
  1694 元禄7 松尾芭蕉死、菱川師宣死。1647(応仁元)以来中絶の賀茂祭再興
  1696 元禄7 伏見奉行廃止。この頃西陣大機業地化
  1698 元禄11 宇治大火。伏見奉行復活
  1702 元禄15 赤穂浪士討の入り。友禅染盛行
     1703 元禄16  相模トラフ巨大地震  元禄関東地震M8.2
  1707 宝永4 南海トラフを震源とする宝永地震⇒(M8.6、津波3.6m)、富士山宝永噴火
  1708 宝永5 三条油小路から出火、京都中心部罹災。宇治田原で煎茶栽培始まる
  1709 宝永6 新井白石を登用
  1711 正徳2 木津川氾濫、死者数千人という
  1715 正徳5 南山城でサツマイモ栽培
  1716 享保元 享保の改革。尾形光琳死
  1717 享保2 下村正啓、伏見に呉服店大文字屋創業(大丸の前身)
  1720 享保5 絹屋佐平次、西陣から丹後に帰り、ちりめんを織り始める
  1721 享保6 目安箱設置
  1722 享保7 加悦町の米屋小右衛門・山本佐兵衛ちりめん織り始める
  1724 享保9 近松門左衛門死
  1728 享保13 鴨川氾濫、伏見・淀で洪水起る
  1730 享保15 西陣大火
  1754 宝暦4 山脇東洋、壬生で刑屍体解剖をみる
  1758 宝暦8 竹内式部逮捕、関係公卿17名処分(宝暦事件)
  1771 明和8 八重山、宮古地方の津波
  1772 安永元 田沼意次、老中となる
  1774 安永3 杉田玄白、解体新書を刊行
  1778 安永7 ロシア船、蝦夷地に来航
  1783 天明3 天明の大飢饉。小石元俊伏見で解剖、浅間山天明噴火
  1787 天明7 松平定信、老中となる
  1788 天明8 京都大火(天明の大火)
  1798 寛政10 本居宣長、古事記伝を完成
  1800 寛政12 伊能忠敬、蝦夷地を測量。京都・大坂などの銀座廃止。西陣復興
  1804 文化元 ロシア使節レザノフ、長崎に来航
  1808 文化5 間宮林蔵、間宮海峡を発見
  1815 文化15 杉田玄白、蘭学事始を著す
    1819 文政2  近江国東部地震⇒ 
  1825 文政8 外国船打払令を発す
  1825 文政11 シーボルト事件
    1830 文政16  文政京都地震 
  1837 天保8 大塩平八郎の乱
  1839 天保10 蛮社の獄
  1841 天保11 天保の改革
  1853 嘉永6 アメリカ使節ペリー、浦賀に来航
  1854 安政元 日米和親条約調印。伊賀上野地震⇒    安政東海・南海地震⇒
  1855 安政2 京都御所の再建。安政江戸地震
  1858 安政5 日米修交通商条約調印。梅田雲浜ら逮捕(安政の大獄)
  1859 安政6 安政の大獄
  1860 万延元 桜田門外の変
  1862 文久2 生麦事件。寺田屋事件
  1864 元治元 長州征伐。禁門の変(蛤御門の変)
  1866 慶応2 江戸・大坂に打ちこわし起る
  1867 慶応3 大政奉還
明治時代   1868 明治元 戊辰戦争開始明治維新、五箇条の誓文
  1869 明治2 版籍奉還
  1871 明治4 廃藩置県。太政官を東京に移す(事実上の遷都)
  1873 明治6 徴兵令公布。地租改正条例公布
  1874 明治7 四条大橋できる
  1875 明治8 千島・樺太の交換。同志社英学校創立
  1877 明治10 西南の役
  1882 明治15 日本銀行設立。壬午事変
  1884 明治17 甲申事変
  1885 明治18 内閣制度実施
  1889 明治22 大日本帝国憲法発令
  1890 明治23 第一回帝国議会開く。
  1891 明治24 野尾地震
  1894 明治27 〜95 日清戦争
  1895 明治28 下関条約調印。三国干渉
  1896 明治29 明治三陸地震。
  1897 明治30 金本位制確立。
  1900 明治33 北清事変
  1902 明治35 日英同盟成立
  1904 明治37 〜05 日露戦争
  1905 明治38 ポーツマス条約調印
  1906 明治39 南満州鉄道株式会社設立
  1910 明治43 大逆事件起る。韓国併合
  1911 明治44 野口英世、梅毒スピロヘータ純粋培養に成功
大正時代   1913 大正2 憲政擁護運動起る
  1914 大正3 〜18 第一次世界大戦、桜島の大正噴火
  1918 大正7 シベリア出兵。米騒動
  1920 大正8 国際連盟加入
  1922 大正11 ワシントン条約
  1923 大正12 関東大震災M7.9
  1925 大正14 治安維持法・普通選挙法布令
    1926 昭和元  十勝岳噴火 
昭和   1927 昭和2 金融大恐慌起る
  1930 昭和5 金輸出解禁。ロンドン条約
  1931 昭和6 満州事変。金輸出再禁止
  1932 昭和7 五・一五事件。満州国建国
  1933 昭和8 国際連盟脱退。昭和三陸地震。
  1936 昭和11 二・二六事件。日独防共協定締結
  1937 昭和12 日中戦争起る
  1938 昭和13 国家総動員法発令
  1939 昭和14 〜45 第二次世界大戦
  1940 昭和15 日独伊三国軍事同盟
  1941 昭和16 〜45 太平洋戦争
  1944 昭和19 昭和東南海地震M7.9
    1945  昭和20  5月 ドイツ降伏
8月 原爆投下、ポッダム宣言受諾。降伏文書調印
8月 GHQ司令官にマッカーサー元帥着任
財閥解体。農地改革。労働組合法公布
  1946 昭和21 1月 天皇「人間宣言」
3月 チャーチル英首相が「鉄のカーテン」演説
5月 吉田茂が第一次内閣を組閣
10月 ニュルンベルク裁判で12人に死刑判決
11月 日本国憲法公布。
12月 昭和南海地震M8.0
    1947 昭和22  2月 GHQの命令でゼネスト中止
3月 トルーマン・ドクトリン米大統領がギリシャ・トルコへ軍事援助表明、冷戦始まる
5月 日本国憲法施行
6月 米による欧州復興計画(マーシャルプラン)
1948 昭和23  6月 ベルリン封鎖始まる(翌年5月まで)
8月 大韓民国成立。初代大統領に李承晩
9月 朝鮮民主主義人民共和国成立。初代最高指導者に金日成
11月 東京裁判判決で25人のA級戦犯に有罪判決
12月 東条元首相ら7人が処刑  
    1949 昭和24  4月 1ドル=360円の単一為替レート実施
5月 ボン基本法公布、ドイツ連邦共和国(西ドイツ)成立
8月 北大西洋条約機構(NATO)発足
9月 西ドイツ初代首相にアデナウワー
10月 毛沢東が中華人民共和国成立を宣言
10月 ドイツ民主主義共和国(東ドイツ)成立 
    1950  昭和25  6月 朝鮮戦争勃発
8月 警察予備隊設置
9月 米軍が仁川上陸作戦を決行
10月 中国が朝鮮戦争に参戦 
    1951  昭和26  4月 西欧6ヵ国(仏、西独、伊、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ)が欧州石炭鉄鋼共同体を設立 。EUの源流
9月 対日講和条約、日米安全保条約に調印
    1952 昭和27  4月 講和条約と安保条約発効、日本が独立を回復 
    1953  昭和28  3月 ソ連首相スターリン没 
7月 朝鮮戦争休戦協定調印
    1954  昭和29  7月 自衛隊発足
7月 インドシナ休戦協定調印、仏軍撤退 
    1955  昭和30  5月 西独がNATOに加盟、再軍備進める
10月 左右社会党統一。新委員長に鈴木茂三郎 
11月 保守合同で自民党成立、55年体制が成立
  1960 昭和35 チリ地震津波
  1989 昭和64 昭和天皇崩御
    1990  平成2  雲仙・普賢岳噴火 
  1993 平成5 北海道南西沖地震
  1995 平成7 1月17日(火)阪神・淡路大震災
  2011 平成23 3月11日(金)東日本大地震


























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